山家直生|プロフィール

空白JPを運営している山家直生(ヤマイエナオ)と申します。ここでは、簡単に自己紹介したいと思います。

1980年生まれです。僕の真理の探求は、2014年にはじまりました。OSHOの『JOY』というピンク色の表紙の本を買って読んだのがはじまりです。そして、探求が終わったのが2019年の夏頃だったのではないかと思います。

僕はもともと、それほどスピリチュアルな人間ではありません。むしろ、現実主義者というか、ロジカルな考え方をする人間です。真理の探求だなんて〝怪しい〟と思っていた口の人間です。この世界の中での出来事は、「すべて科学とか脳科学で説明できるんじゃないの?」と思っていた口の人間です。そんな僕が、真理の探求をはじめただなんて、結構、驚くべきことでした。そして、今では、こんなブログを書いているだなんて、もっと驚くべきことです。

僕は、小さな頃から、死への恐怖を感じていました。僕の、真理の探求への原動力は、死の恐怖を克服したいというところが、かなり大きかったのではないかと思います。死の恐怖を抱いている人なら分かると思いますが、死の恐怖というのは、克服することは不可能なようにも感じられるものです。「あなたはその体ではない」と言われても、それだけで納得することはできないでしょう。「あなたは意識だ」と言われても、「この意識を失うことが怖いんだよ」と思うでしょう。

じゃあ、どうすればいいんでしょうか? このブログは、そんな疑問を持つ人向けに書かれています。

禅では「月をさす指」の例えがあります。「月という真理を示すために、指を使うけれども、指そのものを真理だとは思うな」ということを表す言葉です。でも、この言葉を聞くと、僕はこう思います。「ちょっとザックリとしすぎじゃない?」って。だって、もしかしたら、人によっては、その話を聞いて、宇宙飛行士を目指すかもしれません。「よし! 宇宙飛行士になって、月に行こう!」と思う人もいるかもしれません。「そんなバカな(笑)」って思うかもしれませんが、真理の探求では、これに似たようなことが、普通におこなわれているんじゃないでしょうか?

であるなら、僕なら、指ではなくて、グーグルMAPを使って、教えて欲しいなと思います。迷いようがないぐらい、具体的な地図が欲しいなと思います。GPS機能を使って、自分の現在位置を知ることができるなら、なお良しです。

もちろん、そんなことは不可能です。でも、このブログでは、真理についての具体的な地図であることを目指しています。できるだけ、わかりやすくて、具体的な表現になるようにしています。できるだけ、煙に巻くような表現にはならないようにしています。できるだけ、神秘性は抑えて表現するようにしています。僕自身は、神秘的で、深淵で、煙に巻くような表現の、真理についての本を読むことは好きです。例えば、OSHOは、そういった表現が上手だなと思います。でも、僕が言葉で表現しようとすると、わかりやすさが重要視されるようです。

空白JPでは様々なことが語られていますが、僕がこのブログで提案したいことは、「苦しみと退屈を避けないこと」ということです。空白JPに書かれているすべてのことは、なぜ、苦しみと退屈を避けないほうがいいのかという、実践への説明だと言ってもいいかもしれません。