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探求が終わる前に書かれた記事

孤独を恐れる人と、孤独を楽しむ人

世の中には、孤独を楽しむ人、孤独を恐れる人、
2種類の人がいると思います。

孤独のことを「ぼっち」と言ったりするようですね。
僕はぼっちだと思います。

でも、楽しめる人です。
なぜ、ぼっちを楽しめるのかということについてお話します。

寂しさを感じないのか?

孤独というと、
どんなイメージですか?

まず最初にでてくるのは
「ひとりでいて寂しくないの?」ってことかもしれません。

これについては「寂しくない」と言えます。

こんなところで強がっても仕方がないですからね。
本当に寂しいとは感じないんです。

もちろん、昔はひとりでいることが寂しいと感じることもありました。
というか、強く感じていたことがありました。

でも、あることに気がついてからは、
ひとりでいることが寂しくは感じなくなってしまったんです。

ひとりだけどひとりじゃない不思議。

というのも、体的にはひとりなのですが、
心的にはひとりでいるとは感じないんです。

例えて言うなら、生まれてくる前の、
胎内にいるような感じとでも言えるでしょうか。

覚えてはいないですけどね。

でも、感覚的にはそんな感じだと思います。
常に見守られている感じというか。

自分ひとりでいるというよりも、
自分と一緒にいるという感覚が強いんです。

自分と一緒にいるという感覚。

自分と一緒にいるという感覚。

言葉で伝えるのは結構難しいのですが、
あえて言葉にするならば、
心が意識に見守られている状態と言えるかもしれません。

寂しさを感じるのは心です。

そして、自分は、その寂しがり屋の心を見守る意識なんだという自覚があるとき、
心は寂しさを感じなくなります。

意識だという自覚。

これがポイントなんです。

さっき、「あることに気がついてからは」と言いましたが、
このことに気づいたんです。

自分は心なんじゃなくて、
心を見守る意識なんだという自覚です。

人と一緒でも孤独を感じる。

人と一緒にいても、
孤独を感じることってあると思います。

人と一緒にいるんだけど寂しいとか。
僕も経験があります。

ほとんどの人は多かれ少なかれ経験したことがあるんじゃないでしょうか。

不思議ですよね。
これには、性格も関係してくるかもしれません。

人と一緒でも孤独を感じる人は、
内向的な性格の人が多いと思います。

というのも、内向的な性格の人は、
意識を相手に向けるほうが多いだろうからです。

その反対に、外向的な人は、
人に意識されるような言動や行動をとることが多いです。

意識されることが、
孤独感を紛らわせてくれるんですね。

孤独とは意識が足りていない状態。

つまりは、孤独を感じるときは、
ひとりでいようが、人と一緒にいようが、
どちらでも孤独を感じてしまうんです。

とくに内向的な人は。
ちなみに僕も内向的です。

そういう人は、むしろ、ひとりでいたほうが孤独を感じなくなります。

というのも、孤独というのは意識が不足している状態とも言えるんです。
心が意識に見守られていない状態です。

内向的な人が人と一緒にいると、
意識が外に向いてしまいます。

よけい孤独を感じる可能性があるんですね。

なので、寂しいと感じることが多い内向的な人は、
ぜひ、ひとりでいてみてください。

自分は意識であるという自覚をつけて、
孤独を楽しめるようになってみてください。

関連記事:意識的になることと、もぐらたたき。

まとめ

というわけで、
孤独を恐れる人と、孤独を楽しむ人についてお話しました。

ひとりでいるとか、人と一緒にいるとか関係なく、
寂しさを感じるときは感じてしまいます。

寂しさの原因がわからないということも多いのではないでしょうか。

でも、僕の経験からいくと、
寂しさを感じるということは意識が足りていないということなんです。

そんなとき、外向的な性格の人は、
人に意識を向けてもらう言動や行動をとります。

でも、内向的な人は、
人に意識を向けてもらうことが苦手です。

なので、自分に意識を向けるということが大事になってくるんですね。

でも、自分に意識を向けるとか、
なんかよくわからないという人も多いと思います。

そんな人にオススメなのは、
情報を遮断することです。

例えば、テレビを見ない。SNSを見ない。
ゲームアプリをやらない。退屈になります。

すると、意識は自然と自分に向くようになってきます。

関連記事:退屈を楽しめるようになったほうがいい理由。
関連記事:ひとり好き、なんだけど寂しがり屋。