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形而上学

ロボットはどうやって空間を認識するのか?【空間は存在しない】

「空間」という言葉はとても抽象的です。

であるにも関わらず、多くの人が空間とは何かということを理解しています。

「目の前に空間は広がっているよね」と思うのではないかと思います。

人は物心ついたときから、教えられずとも空間とは何かということを理解しています。

なので、改めて空間とは何かということを意識することは少ないかもしれません。

でも、例えば、ロボットに空間を認識させるにはどうすればいいでしょうか?

いざ、そう言われると答えに困る人は少なくないと思います。

それが簡単でないことは、人型ロボットがなかなか実用化されないことを考えると分かるのではないかと思います。

映画やマンガの中の世界では、40年以上前から人型ロボットのアイデアは登場しているのではないかと思います。

でも、実際のところはようやく、車の自動運転は実用化できそうだというところまでしか技術は進んでいません。

車の自動運転にだって、当然のことながら空間とは何かということの認識が不可欠です。

でないと簡単に事故ってしまいますよね。

ロボットというのは、一体どうやって空間を認識するんでしょうか?

ロボットは眼で空間を認識するわけじゃありません

ロボットは眼だけで空間を認識することはできません。

例えば、スマホのカメラが人の顔を認識するように、ロボットの眼は自動的に空間を認識するのではないかと思うかもしれません。

ZOZOマットのように、カメラだけで足の形を測る技術もあります。

ただし、ZOZOマットの場合には、その名の通りZOZOマットというシートが必要になってきます。

このシートの上に足を置いて測らないことには、足の形を正確に測れません。

ZOZOマットが空間を把握するための指標となるんです。

ロボットの眼の場合も同じで、もし、眼だけで空間を認識させようと思うなら、眼の前になんらかの指標となるものが必要になるんじゃないかと思います。

例えば、高速道路にあるような100メートル間隔の標識みたいなものです。

でも、日常生活の中では、そんなに都合良くなんらかの指標となるようなものがあるわけでもありません。

なので、ロボットの眼は、眼だけでは空間を把握することができません。

例えるなら、平面的な写真が連続で眼の前に現れているようなものであり、そこには空間という認識がありません。

写真の中に空間が広がっていると感じる人は少ないのではないかと思います。

センサーで認識したデータを、眼の映像と関連づけて空間を認識します

ロボットに空間を認識させるためには、センサーが使われることが多いのではないかと思います。

センサーとは、なんらかの波を発射して、その波が何かに当たって反射して帰ってくるまでの時間を測る装置です。

その波が何かに当たって帰ってくるならば、その波の速度と、帰ってくるまでの時間を使って、距離を計算することができます。

例えば、秒速340メートルの波が1秒後に帰ってきたのなら、170メートル先に波を反射するなんらかの何かがあるということです(往復で340メートルになるので)。

このセンサーを360°に対して使えば、ロボットの身の回りにある、波を反射する性質をもつ何かを、点の集合体(面や立体)として把握することができます。

ロボット技術者の腕の見せ所は、このセンサーを使って把握したデータを、いかにしてロボットの眼の映像に反映させるかというところなのではないかと思います。

映像データと、センサーのデータは別々のものです。

それを辻褄が合うように調整してあげることで、ようやくロボットは空間を認識できるようになります。

平面的だった映像が、立体的に認識されるようになるんです。

こういった技術は、お掃除ロボットや車の自動運転にも当然使われていると思います。

何も存在しない空間を「空間」と呼べるのか?

ロボットが空間を認識するためには、センサーの存在が欠かせません。

でも、もし仮に、何も存在しない空間があるのだとすれば、ロボットはそれを空間だと認識するでしょうか?

もし、ロボットが何も存在しない無重力空間に浮かんでいるのだとすれば、センサーは何の役にも立たないはずです。

波が反射して帰ってくることは無いからです。

そしてまた、ロボットの眼には何も映りません。

人は、そんな空間であっても、仮想的な空間としてそれをイメージすることができます。

でも、ロボットにとっては、そんな空間は存在していません。

それは、実は人間にとっても同じです。

人は、何も存在しない空間をイメージすることができます。

でも、その空間の中に仮に人が入れるのだとすれば、その空間は消えてしまうはずです。

5感覚への刺激が何も無いからです。

視覚も無く、触覚も無く、聴覚も無く、味覚や嗅覚も無いのであれば、人は空間を認識することはできません。

熟睡中と同じです。

人が、何も存在しない空間をイメージすることができるのは、逆説的に、今ここに5感覚があるからです。

何も存在しない空間とは、絵に描いた餅みたいなものであり、存在はしていません。

空間とは関係性のことであって存在していません

空間というのは実体があるわけではなく、それは関係性のことです。

仏教の「空」の思想では、ともすれば「空」という実体があると思われがちです。

そして、それは空間に相当するものだと思われることも少なくないと思います。

でもそうなのではなく、空間というのは単独では存在することができません。

目の前に空間が広がっているという認識は、様々な関係性の上に成り立っているものです。

その認識を分解していくと、空間という実体は存在しないんです。

ロボットの場合には、それは眼で認識される映像と、センサーで認識されるデータに分解されます。

人の場合も同じで、空間というのは、それぞれ単独な5感覚という素材に分解されます。

視覚は空間では無く、触覚は空間では無く、聴覚は空間ではなく、味覚や嗅覚も空間では無いです。

ただ、それらは関係づけられることによって、空間という認識になります。

そして、人はその認識を疑うことができません。

それは、テレビの中の登場人物が、テレビの中の空間を疑うことができないことと似ています。

でも、テレビのスイッチが消えれば、テレビの中の空間も消えるのではないでしょうか?

(関連記事:記憶があるから、空間が存在する

作成者: 山家直生

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