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Q&A 心理

苦痛を感じるものに魅力も感じるというジレンマ【Q&A】

今回は、KWさんから頂いた質問メールを公開したいと思います。

KWさん、ありがとうございます。

KWさんからの質問

こんにちわ。苦しみついて、ちょっと疑問に思ったのですが、質問させてください。今まで、ブログを見て自分がやってきたのは、頭の中から湧いてくる過去や未来の苦し頭の中で味わうというものでしたが
あることをすれば必ず自分は傷つくということもした方が良いのでしょうか?例えば、自分より絵が上手い人を見ると苦痛なので、極力見ないようにしています。こういう自ら苦痛を体験しに行くことはどうなのでしょうか?ハートを知るのに早まるものなのでしょうか?

回答

KWさん
こんにちは。

> あることをすれば必ず自分は傷つくということもした方が良いのでしょうか?
> 例えば、自分より絵が上手い人を見ると苦痛なので、極力見ないようにしています。
> こういう自ら苦痛を体験しに行くことはどうなのでしょうか?
> ハートを知るのに早まるものなのでしょうか?

例えば、僕は虫がかなり苦手です。

手で触れることはできないですし、絵で書かれた昆虫図鑑であっても触れることが難しいです。
苦しみを避けないということは、昆虫図鑑をすら避けないほうがいいということになるかもしれませんが、僕はそういったことはしていません。

というのも、日常生活の中で、昆虫に悩まされるということはそれほど多くはないですし、昆虫が苦手だということを気にすることもないからです。

他にも例を挙げるなら、たまにニュースで、SNSによる誹謗中傷などが取り上げられることがありますが、誹謗中傷が嫌ならそもそもSNSをやらなければいいだけでもあります。
でも、そうはしないということは、誹謗中傷で傷つくことがある反面、SNSに魅力を感じているということでもあるんじゃないかと思います。

実のところ、問題点は誹謗中傷そのものにあるんじゃなくて、なぜ、自分がSNSに魅力を感じているのかというところにあるのかもしれません。
SNSに魅力を感じていなければ、そこに誹謗中傷が書かれていても気にしないかもしれません。

KWさんの場合も、自分よりも上手な絵を見ると苦痛に感じる反面、上手な絵に魅力を感じてもいるのかもしれません。

見るのが苦痛に感じるのであれば、あえて、見に行く必要はないかもしれません。
ただ、「それは苦痛を避けていることなんじゃないか?」ということを気にする感情が日常的に起こるのなら、その感情は避けないほうがいいかもしれません。

外部的な要因で感情が動くというのは、ある意味では当然です。
人には生まれつきの傾向があったりしますし、それを克服する必要はないと思います。

でも、内部的な要因によって感情が動くのであれば、それは克服できます。
その感情は、あくまでも自分で作り出したイメージに反応しているだけですから。

その感情を避けることがなければ、最終的には飽きてしまって(馬鹿らしくなって)、イメージと感情、どちらも消えてしまうと思います。

ハートを理解するというのは、外部的な要因に影響されることなく至福でいられるというわけじゃないんです。
あくまでも、内部的な要因に影響されることなく至福でいられるというだけなんです。

結果的に、外部的な要因に魅力を感じなくなってくるという変化はあると思います。

(関連記事:「苦しみ」と「退屈」を避けないこと

作成者: 山家直生

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このブログに書かれていることは、基本的には、なぜ、苦しみと退屈を避けないほうがいいのかということの説明のためにあります。

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