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道元の「正法眼蔵」をわかりやすく解説【心とは何か?】

今回は、道元の「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」をわかりやすく解説したいと思います。

道元といえば、禅の曹洞宗の開祖と呼ばれる人物です。

僕は、禅というのは宗教だとは思っていません。

正確に言えば、宗教だとは思っていませんでした。

ただひたすらに坐ることを勧める只管打坐(しかんたざ)の姿勢には共感できますし、そうするだけの意志があるのなら、最短距離で悟り(見性)とは何かということについて気づく可能性があるのではないかと思います。

そこにはなんらかの思想が入り込む余地はないようにも思えます。

なので、僕はなぜ、禅は大乗仏教に属しているのかが理解できませんでした。

どちらかというと、禅というのは原始仏教に属しているように思えたからです。

非常にストイックなイメージがあります。

禅に対してそういったイメージを抱いている人は少なくないのではないかと思います(特に曹洞宗に対して)。

なので、道元の「正法眼蔵」もとてもストイックなものであるのであろうと想像していました。

でも、実際に読んでみると、そのイメージはガラッと変わってしまいました。

道元の説く禅はやはり宗教なのであり、大乗仏教です。

道元は法華経に書かれていることを絶対視しています。

現代においては法華経は創作された仏典であるということが通説となっているにも関わらずです。

現代の禅関係者の中で、法華経を絶対視している人はどれだけいるでしょうか?

僕の中では、禅というのは、ブッダの言葉や、法華経などの仏典であってもそのまま受け入れるということはなく、必ず確認するというストイックなイメージがあります。

でも、正法眼蔵の中の道元はそうではないんです。

それは一体どういうことなのか?

お話します。

※今回は29000文字ほどの超長文です。

※1896年に国母社から出版された「正法眼蔵」を引用しています。(外部リンク:正法眼蔵の現代語訳

道元にとって「心」とは何なのか?

正法眼蔵は100万文字以上ある超大作です。

全75巻の巻物によって成り立っています。

それらを通して説かれているのは「心」とは何なのかということなのではないかと思います。

例えば、「即心是仏」の巻で道元はこう語っています。

正しく伝えてきている「即心是仏」の「心」とは、「一心は一切の法、物である」、「一切の法、物は一心である」という事である。そのため、古代の人は「もし人が心を会得して理解すれば、大地には、わずかな土地も無い」と言った。知るべきである。心を会得して理解すれば、天という蓋は落とされるし、あまねく地は裂かれ破かれる。または、心を会得して理解すれば、大地は厚さをわずかに増す。古代の高徳の僧は「妙なる清浄な明るい心とは、どのような物であるか? 妙なる清浄な明るい心とは、山や河や大地であるし、太陽や月や星々である」と言った。明らかに知る事ができる。心とは、山や河や大地であるし、太陽や月や星々である。

理解できるでしょうか?

多くの人にとって、心とは個人的な所有物なのではないかと思います。

私の「心」が有り、あなたの「心」が有り、それは別々のものだと思うのではないでしょうか?

でも、道元はここではそうは言っていません。

心は生物が所有するものであるというところを通り越して、「心とは、山や河や大地であるし、太陽や月や星々である」と言っています。

これは、多くの人が思う「心」という概念からはだいぶ離れているのではないかと思います。

でも、道元が正法眼蔵を通して語っているのは、この「心」のことなんです。

「恁麼(いんも)」という巻では心についてこうも語っています。

十七祖の僧伽難提(そうぎゃなんだい)は、ある時、建物に掛けてある鐘状の鈴が風に吹かれて鳴るのを聞いて、後の十八祖の伽耶舎多(かやしゃた)に「風が鳴るとするのか? 鈴が鳴るとするのか?」と質問した。伽耶舎多は、「風が鳴るのではなく、鈴が鳴るのではなく、自分の心が鳴るのである」と言った。僧伽難提は「心とは何か?」と言った。伽耶舎多は「すべてのものは共に「寂静」、「涅槃」、「寂滅」であるので、心は「寂静」、「涅槃」、「寂滅」である」と言った。僧伽難提は、「善きかな、善きかな。私の道を継ぐ事ができるのは、あなた、伽耶舎多だけである!」と言った。ついに、僧伽難提は「正法眼蔵」、「正しくものを見る眼」を伽耶舎多に伝えて付属させた。これは、風が鳴るのではない所で、自分の心が鳴るのを学ぶのであるし、鈴の成るのではない時に、自分の心が鳴るのを学ぶのである。たとえ、このようであっても、自分の心が鳴るのは、すべてのものと共に「寂静」、「涅槃」、「寂滅」である。

伽耶舎多「自分の心が鳴るのである」と答えています。

でも、その心というのは、個人的な所有物としての心のことではなく、すべてのもの、「寂静」、「涅槃」、「寂滅」のこと指しています。

道元にとって、心とはすべてのものであり、すべてのものは心です。

この後、道元は心についての誤った理解の例も語っています。

「伽耶舎多の言葉の「風が鳴るのではなく、鈴が鳴るのではなく、自分の心が鳴るのである」と言うのは、鳴っているのを聞いた時に、「鳴っているのを聞いた」という思いが起こるが、「鳴っているのを聞いた」という思いを「心」と言っているのである。もし「鳴っているのを聞いた」という思い、「心」が無ければ、どうして「鳴っている」という結果が起きただろうか? 「鳴っているのを聞いた」という思い、「心」が有るので、「鳴っている」という結果が起きた! 「聞いた」という思いによって「聞く」事が成就するため、「聞く」事の根本と言えるので、伽耶舎多は「心が鳴るのである」と言ったのである。」というのは誤った理解である。正しい師の力を会得していないので、このように誤って理解するのである。

多くの人は、こちらのほうが理解しやすいのではないでしょうか?

風が鳴っているのであれ、鈴が鳴っているのであれ、そのことを認識するのはこの自分の心なのであり、であるならば、自分の心が鳴っていると言ってもいいのではないかということですね。

でも、道元はそれは誤りであると言います。

それは心というものを個人的な所有物として認識しているということであり、心というものを正しく理解していないということです。

道元の正法眼蔵を読み解くためには、この「心」とは何かという前提を理解しておく必要があります。

心を得ることは不可能である

道元は、「心不可得」という巻の中でこのように語っています。

「過去、現在、未来の心を得ることは不可能である」のは、仏祖が心に参入して究めている事である。「過去、現在、未来の心を得ることは不可能である」と知るまでの間に、過去、現在、未来という岩穴にこもっているものをえぐって来ている。けれども、自分という一時の宿を用いている。「自分」というのは、「得ることは不可能である心」である。今この瞬間にしている「思い量り」、「善悪の判断」、「思考」は、「得ることは不可能である心」である。常に使うことができ得る渾身の心は、「得ることは不可能である心」である。仏祖から法を伝えられてから今まで、「得ることは不可能である心」を会得して取っている。未だ仏祖から法を伝えられていなければ、「得ることは不可能である心」を質問して理解して取らないし、言い表さないし、真の意味で見聞きできない。

道元は、心とは一切のものであり、一切のものは心であると言います。

この言葉を聞くと、「そうか、心というものは、認識することができる一切のものなのか」と思うかもしれません。

そして、心とは個人の所有物であるという認識から、心とは認識することができるすべて(つまりは世界)であるという認識に変化していくかもしれません(変化させようと思うかもしれません)。

道元はそのように言っているように思えるかもしれません。

でも、それは心の性質のひとつの側面です。

それが心の性質のすべてではないんです。

心の性質のもうひとつの側面に、「心を得ることは不可能である」というものがあります。

むしろ、こちらの性質を知ることの方が重要だったりします。

多くの人は、心とは自分の所有物だと思っています。

そして、「心は世界であり、世界は心である」という言葉を聞くと、無自覚に、世界という心を所有しようとしてしまいます。

個人の心という対象物を手放し、世界という心を手に入れようとします。

道元がここで言っているのは、「それは不可能である」ということなんです。

一体、誰がそれを手放して、そしてまた、手に入れようとするんでしょうか?

「自分」がそうしようとするんでしょうか?

道元は、「自分」すらも「得ることは不可能である心」と言っています。

心を自分の所有物であると思うことは、得ることは不可能である心が、得ることは不可能である心を所有していると勘違いしていることなんです。

なぜ、そういうふうに勘違いするのかというと、「自分」というのは特別な存在で、自分の心を認識することができるし、コントロールすることができると感じているからです。

「個人の心は存在しないが、世界という心(を認識するこの私)は存在している」と考えたりするんです。

道元はこのように語っています。

唐の時代の中国の、大証禅師と呼ばれる南陽慧忠(なんようえちゅう)は、ある僧に「どこから来ましたか?」と質問した。ある僧は、「南方から来ました」と言った。南陽慧忠は、「南方には、どのような善知識を持つ人がいますか?」と言った。ある僧は、「善知識を持つ人々が、とても多くいます」と言った。南陽慧忠は、「南方の善知識を持つ人々は、どのように真理を人に示しているのですか?」と言った。次のように、ある僧は言った。「南方の善知識を持つ人々は、すぐに、未だ学ぶべき物が有る人に、「即心是仏」と示します。(中略)身は生じたり滅んだりするが、心の性質は果てしない昔から未だかつて生じたり滅んだりしない。心の性質から見れば、身が生じたり滅んだりするのは、竜が骨を換えるようなものであるし、蛇が脱皮するのに似ているし、人が古い家を出るのに似ている。身は変化する。心の性質は常に不変である。南方の所説は、おおよそ、このような物です。」次のように南陽慧忠は言った。「もし、その通りであれば、あの先尼外道と違いが無い。先尼外道は、「自分の身中には、ある神性が有る。神性は、痛みと痒みを知ることができる。神性は、身が壊れた時、身を出て去る。家が焼かれれば、家の主は出て去るようなものである。身という家は変化する。神性という家の主は常に不変である」と言っていた。明らかにすると、先尼外道のような説は、善悪をわきまえていない。誰が先尼外道のような説を正しいとするのか? いいえ! 先尼外道のような説は正しくない! (中略) どうして先尼外道のような説が、仏の言葉、仏の教えであろうか? いいえ! 先尼外道のような説は、仏の言葉、仏の教えではない! 苦しい。私の宗教、仏教は滅びてしまったのか。」

南陽慧忠(なんようえちゅう)というの西暦675年から775年頃の人物のようです。

この頃は、仏教そのものの勢いは強かったのではないかと思います。

ただ、仏教といっても、その思想は多岐にわたります。

南陽慧忠が考える仏教というのは、少数派になっていたのかもしれません。

ちなみに、先尼外道というのは、ここでは、インドでヴェーダ聖典を信奉する人々と解釈しても良いのではないかと思います。

南陽慧忠が生きた時代というのは、インドで、シャンカラが生きた時代と重なっています。

シャンカラは不二一元論(アドヴァイタ・ヴェーダーンタ哲学)の提唱者として知られており、今でも、インドにおいてはその影響力は強いのではないかと思います。

(関連記事:ウパデーシャ・サーハスリーをわかりやすく解説【シャンカラ】

インドにおいて仏教が衰退するきっかけとなった人物とも言えるのかもしれません。

当然、当時においても仏教に与えた影響力というのはとても強かったのではないかとも想像できます。

南方というのは、中国から見た南方であって、インドのことかもしれません(正確には南西?)。

つまりは、南方(南西)のインドからやってきたのかもしれない仏僧がシャンカラの影響を受けているかもしれないということに、南陽慧忠は「私の仏教は滅んでしまったのか!」とショックを受けているわけです。

南陽慧忠は、不変不滅な神性という存在を認めてはいません。

なので、もし、仏教徒が「心というものは不変不滅である」と言うのであれば、それは心と心の性質をまったく理解していないということであり、それは、先尼外道の教えと同じようなものであり、それは嘆くべきことなのでしょう。

道元にとって「悟り」とは何か?

心とは一切のものであり、一切のものは心である。

道元はそう言います。

こういった言葉は、ともすれば心とは最重要なものであり、それがすべてであると思わせます。

でも、そういうわけではありません。

道元は一方で、心を得ることは不可能であると言います。

「心不可得」の巻の中で、道元はこう語っています。

障壁や瓦礫である仏の心が存在する。過去、現在、未来の諸仏は、共に、「障壁や瓦礫である仏の心は、得ることは不可能なものである」と証する。仏の心である障壁や瓦礫だけが存在する。仏の心である障壁や瓦礫は、「仏の心である障壁や瓦礫は、真の意味で得ることは不可能なものである」と、過去、現在、未来の諸仏に証する。まして、仏の心は山河や大地である。山河や大地は、真の意味で得ることは不可能なもの自体である。草木や風や水である「真の意味で得ることは不可能なもの」とは、心である。

一般的には、障壁や瓦礫という言葉はあまり良い意味では使われないのではないかと思います。

でも、道元は、心とは障壁や瓦礫のようなものであると言います。

例えば、すべてのものが心なのであれば、壁だって心なのであり、それはある意味では内側と外側を隔てる障壁となります。

そしてまた、落ちる葉っぱが心なのであるならば、地面に積もった葉っぱは瓦礫みたいなものです。

思考やイメージといった、一般的に心と言われているものは、現れては消えていきます。

それは、落ちた葉っぱが焼かれてしまうようなものであり、瓦礫みたいなものかもしれません。

でも、そうであるなら、道元にとって「悟り」とは何なんでしょうか?

心とは一切のものであり、一切のものは心であると知ることが悟りでしょうか?

それとも、心とは障壁や瓦礫みたいなものであると知ることが悟りでしょうか?

それとも、他に悟りがあるのでしょうか?

道元は「大悟」という巻の中でこう語っています。

慧照大師と呼ばれる臨済義玄(りんざいぎげん)は、「中国の中で、一人の「悟らない者」、「悟ることができない者」を探し求めても得るのは難しいのである」と言った。臨済義玄の言葉は、正統に伝えられて来ている「皮肉骨髄」、「理解」であり、正しい。(中略)誤って「大いに悟るとは仏に成るようなものであるし、「逆に迷う」とは仏ではない生者のようなものであるし、「仏は、この世に帰還して仏ではない生者と成る」と言うし、「仏は、この世に化身を現す」と言う」といったように学ぶべきではない。(中略)実に、「大いなる悟り」は始まりも終わりも無いし、「逆に迷う」事は始まりも終わりも無い。大いなる悟りを遮る迷いは無い。大いなる悟りを三枚ひねって取ってきて、矮小な迷いを半枚つくるのである。これによって、雪山は雪山のために大いに悟る事が有るし、木や石は、木や石を借りて大いに悟る。諸仏の大いなる悟りはすべての生者のために大いに悟る。すべての生者の大いなる悟りは諸仏の大いなる悟りを大いに悟る。前後は無関係である。今の大いなる悟りは、自己のものではないし、他の者の物ではないし、来たわけではないが、「溝を埋めて塞ぐ」のであるし、去るわけではないが、「他のものに従って探し求める事を切に忌み嫌う」のである。どうして、そうなのか? 「他のものに従って去る」からである。(中略)1240年頃の中国の似非僧侶などは「「道」、「真理」を悟るのを本(もと)から待ち望んでいる」と言って、いたずらに無駄に、悟りを待ち望んでしまう。悟りを待ち望んでしまうのは、仏祖の光明に照らされていないようなものである。悟りを待ち望んでしまう人は、ただ、善知識を持つ人の所に行って理解して取るべきであるのを、怠惰に見過ごしてしまう。

道元は、悟りとは仏に成るようなものでは無いと言います。

世間的に言えば、「私は大いに悟った」と言いようものなら、怪訝な顔をされることが多いのではないかと思います。

なぜなら、多くの人にとって悟るということは、仏のような聖人に成ることだからです。

「あなたは大いに悟ったと言うけれども、とても聖人に成ったようには見えない」という反応になることが多いのではないかと思います。

実際のところは、仏教徒であったとしても、そういったイメージを持つ人は少なくないでしょう。

でも、道元はそうではないと言います。

ある意味では、多くの人がイメージしているような悟りは無いし、すべての人がすでに悟っているとも言えるんです。

なので、臨済義玄も「中国の中で、一人の「悟らない者」、「悟ることができない者」を探し求めても得るのは難しいのである」と言います。

道元は、悟りは去ることは無いが、「他のものに従って去る」と言います。

これはどういうことなのかと言えば、簡単に言えば、外道の教え(仏教以外の教え)を信じることによって悟りが去ってしまうかのように感じるであろうということです。

すでに悟っているにも関わらず、大いに迷うわけです。

それゆえに、道元にとっては、悟るということと、仏道に入るということは同義です。

正しい善知識を持つ人の所へ行って、理解して取れば、それが悟りだということです。

そうすることによって「溝を埋めて塞ぐ」ことがあり、大いに悟ることの中で、さらに大いに悟ることがあると考えています。

道元にとって「坐禅」とは何か?

禅といえば坐禅です。

特に、曹洞宗ではひたすらに坐禅をするという只管打坐の重要性を説いているのではないかと思います。

でも、今までの話の中で、坐禅という言葉はでてきていません。

道元にとって、坐禅とはどういうものなんでしょうか?

道元は、「坐禅儀」という巻の中でこう語っています。

こつこつと坐禅して定に入って、「かの不思量の奥底を思量する」、「今は思考できない思考を思考しようとする」のである。「不思量の奥底なんて、どうしたら思考できるのか?」、「思考できないものなんて、どうしたら思考できるのか?」、「非思量」、「思考できるであろうか等と思考しないで、とにかく思考するのである」、「できるか心配せずに、とにかく行うのである」。これが坐禅のやり方である。

一般的に言えば、坐禅とは何もしないことなのではないかと思います。

何かをしようとする意図を捨てて、ただ坐ることなのではないかと思います。

でも、道元の説く坐禅はちょっと違います。

目的があります。

「かの不思量の奥底を思量する」ために坐禅があると考えているようです。

不思量というのは、今は思考できない思考なのであり、そんなことを思考することは不可能ですよね。

でも、それをするのが坐禅であると道元は言います。

当然、今は思考できない思考というのは、心と心の性質の理解のことでしょう。

心と心の性質を理解するための手段として、坐禅があると道元は考えているのかもしれません。

道元は「坐禅箴(ざぜんしん)」という巻の中でこうも語っています。

こつこつと地道に坐禅している時に、思考は無いのであろうか? 思考停止するのであろうか? いいえ! 思考する! こつこつと地道な向上が、どうして通じないであろうか? いいえ! 通じる! 理解できる! 下品な、卑近で高尚ではない、愚かでなければ、こつこつと地道な事を質問して明らかに知ることができる力量が有るべきである。思考が有るべきである。(中略)それにもかかわらず、近年の愚かな杜撰(ずさん)な似非信者は誤って「坐禅の鍛錬は、思考停止して、心中が平穏無事に成れば終わる。思考停止して、心中が平穏無事に成ることが心の平穏なのである」と言ってしまう。この誤った見解は、「二つの乗り物」の段階の似非学者よりも劣るし、声聞よりも劣る人乗と天乗の者よりも劣る。この様な誤った見解を持つ人が、どうして仏法を学んだ人であると言えるであろうか? いいえ! 仏法を学んだ人ではない! 宋の時代の中国には、この様な誤った見解により誤った鍛錬をしている人が多い。祖師の道の荒廃を悲しむべきである。別の類の人もいて、誤って「坐禅して道をわきまえる事は初心者や後進の者にとって重要なのであり、坐禅は必ずしも仏祖の日常の行為ではない。歩いて動くことも禅であり、もちろん坐ることも禅であり、話しても沈黙しても動いても静止しても体を安らかにしていれば良いのである」と言ってしまう。この様な誤った鍛錬だけには関わるなかれ。三十八祖の臨済義玄の臨済宗の分派を騙(かた)る輩の多くは、この様な誤った見解を教えてしまっている。仏法の正しい行いを伝えてもらえなかったので、この様に誤った言葉を言ってしまうのである。初心とは何か? 仏ではない人の誰が初心ではないのか? 初心をどの段階であると定義するのか? 知るべきである。道を学ぶことに参入して究めるには必ず、坐禅して道をわきまえるのである。坐禅して道をわきまえる見本の主旨は、仏に成る事を求めずに仏の行いを模倣するのである。仏の行いを模倣するのは、仏に成るためではないので、過去の仏祖の言動を見て模倣して成就させるのである。「即身是仏」も、仏に成るためではないのである。仏に成ろうと思ってしまう鳥かごを打破すれば、坐禅している仏の思考の模倣とは、仏に成るためではないのである。昔から、人には、本(もと)より、向上して仏に成る力と、堕落して「魔」、「仏敵」に成る力が有る。実は、思考の鍛錬という意味では、進歩しても退化しても、溝や谷を埋める様に、思考の鍛錬の積み重ねという量と成るのである。

意外に思う人も少なくないのではないでしょうか?

道元は、坐禅の中に、思考は有るべきであると言います。

もちろん、完全に思考することを無くすということは不可能です。

でも、道元はむしろ、坐禅することは思考の鍛錬になるととらえています。

坐禅することを、思考の鍛錬になると認識している人はどれだけいるでしょうか?

そして、もしそうであるなら、坐禅する必要は無いようにも思えます。

師や自分自身と禅問答を繰り返すだけで良いのではないでしょうか?

それこそ、ただひたすらに坐るという只管打坐を説く必要はないようにも思えます。

実質的には、禅問答を主体とする臨済宗とそう変わりはないようにも思えるからです。

にもかかわらず、道元は、「三十八祖の臨済義玄の臨済宗の分派を騙(かた)る輩の多くは、この様な誤った見解を教えてしまっている」と言います。

話しても沈黙しても動いても静止しても体を安らかにしていれば良いということはなく、ただ、坐る必要があると言います。

それはなぜなのか?

ここに、道元が陥っている落とし穴があります。

道元は、坐禅する必要があるのは仏の行いを模倣するためであると言います。

仏に成ることを目的とせず、ただ、仏の行いを模倣することを目的とするべきであるということですね。

でも、どうやって道元は、過去の仏祖の言動を知ることができているんでしょうか?

なぜ、過去の仏祖はひたすらに坐禅をしていたと知ることができるんでしょうか?

それは、法華経にそう書かれているからでしょうか?

道元は、「帰依三宝」という巻の中でこう語っています。

法華経は、諸仏、如来の一大事の話なのである。大いなる師である釈迦牟尼仏が説いた諸々の経の中で、法華経は大いなる王なのであるし大いなる師なのである。他の経、他の法は皆、法華経の臣民なのであるし眷属なのである。法華経の中の所説は真実なのであるし、他の経の中の所説は皆、方便を帯びていて釈迦牟尼仏の本意ではないのである。他の経の中の説を持って来て比べて法華経を考えるのは逆に成ってしまうのである。法華の功徳の力を被らなければ他の経は存在できないのである。他の経は皆、法華に「帰投」、「帰還」する事を待っているのである。

道元は驚くほどに法華経の内容を信じています。

法華経の中の所説は真実なのであると言っています。

であるなら、法華経の中に、仏祖はひたすらに坐禅をしていたということが書かれていたなら、それを真実だと信じたでしょう。

なぜ、道元は法華経をブッダの言葉だと信じて疑わないのか?

道元が、ここまで法華経を信じているということは、実はとても不思議なことなんです。

というのも、道元の師と呼ばれる如浄(にょじょう)は法華経などの仏典を重要なものとはみなしていないからです。

それは如浄に限らず、中国の多くの禅師は仏典を重要なものとはみなしていません。

むしろ、仏典を信じることを戒めています。

道元は、「仏経」という巻の中でこう語っています。

道元の亡き師、五十祖の如浄は、普段から、「私、如浄の所では、焼香、礼拝、念仏、懺悔の修行、経を看る事を用いず、ひたすらに打ち座って、仏道をわきまえる鍛錬をして、古い身心を脱ぎ落とす」と言っていた。

如浄は、経を看るということはしていなかったようです。

にもかかわらず、道元は法華経を信じています。

経を看るということを重要視しています。

それは矛盾するように感じられますよね。

そのことを、道元はこう説明しています。

如浄の言葉を明らめている仲間の僧は稀なのである。なぜなら、如浄の「経を看る事」という言葉を読んで、「見る眼が有って、経を看る事である」とすれば差しさわりが有るし、「見る眼が無いのに、経を看る事である」としなければ如浄の言葉の意図に背くことに成る。言っても言い得ていないし、言わないと言い得ない。速やかに言いなさい。速やかに言いなさい。この道理の学に参入するべきである。このような主旨が有るので、古代の人は、「経を看るには、経を看る事ができる「眼」、「見る眼」を持つ必要が有る」と言った。まさに知るべきである。古今に、もし経が無ければ、「経を看るには、経を看る事ができる「眼」、「見る眼」を持つ必要が有る」という言葉は無かったであろう。古い身心を脱ぎ落とす、見る眼が有って経を看る事が有るし、用いない、見る眼が無いのに経を看る事が有る、と学に参入するべきである。そのため、学に参入している一人前の者や半人前の者は必ず仏の経を伝えられて保持して仏の子と成るべきである。いたずらに無駄に、外道の邪悪な所見を学ぶ事なかれ。

道元はこのように如浄の言葉を解釈しています。

でも、現代においては、法華経は直接的なブッダの言葉なのではなく、おそらくは仏教関係者によって創作された仏典であるということが通説になっているようです。

なので、道元のこの解釈はナンセンスとも言えるんです。

経を見る眼がどうこうというよりも、法華経自体の真贋を疑うべきなのかもしれません。

とはいえ、揚げ足を取りたいわけじゃないんです。

現代においては、考古学的な研究によって、そういったことが分かるのかもしれませんが、当時においては、そんなことは分からなかったでしょう。

現代の研究においては、ブッダの存命中に仏典が作られたことはなかったようです。

つまりは、ブッダが直接目を通して、その承認を得た仏典というのはひとつとして存在しないということです。

大乗仏教の仏典は創作だけれども、部派仏教の仏典は本物であると言われることもあるかもしれませんが、部派仏教の仏典だってブッダが直接目を通したわけではないようです。

現代からの目線で僕はこう語りますが、こういった考古学的な研究だって、それが正しいかどうかなんて分からないわけです。

僕の頭の中にそういった知識はありますが、それは記憶なのであって、それが真実であるということを担保はしないわけです。

銀行に行って「私の頭の中にこういった記憶があるのですが、それを真実と取り替えてください」と言っても拒否されるでしょう。

それは、道元が生きた時代においても同じです。

それゆえに、如浄は経を看る事はしなかったのではないかと思います。

道元はまた、「仏経」の巻の中でこう語っています。

千年頃から、中国の杜撰(ずさん)な臭い皮袋である似非僧侶は、誤って「祖師の言葉ですら心に置くべきではない。まして、経は、長く見るべきではないし、用いるべきではない。ただ身心を「枯木死灰のようにさせる」、「枯木や火が消えて冷えた灰のように無欲にさせる」べきである。身心を「破れた木の柄杓(ひしゃく)」や「底が抜けた桶(おけ)」のようにさせるべきである。」と言ってしまっている。(中略)臨済義玄が「この世」に未だ来ないし、雲門文偃(うんもんぶんえん)が「この世」に未だ出現していなかった時は、仏祖は何を仏道を学び修行する見本としていたか? 経である! このため、知るべきである。臨済義玄と雲門文偃の家の中には、仏教という仏の家の道の業(わざ)が伝わっていないのである。臨済義玄と雲門文偃は、根拠とするべき物(である経)が無いので、みだりに「四料簡」などのような、でたらめな言葉を説くのである。臨済義玄と雲門文偃のような輩は、みだりに仏の経を軽んじてしまう。人々は経の軽視に従う事なかれ。もし仏の経を投げ捨てるべきならば、臨済義玄と雲門文偃をも投げ捨てるべきである。(中略)「仏の経を用いるべきではない」と言うならば、祖師の経が有る時、用いるのか? 用いるべきではないのか? 祖師の言葉には仏の経のような仏法が多いが、用いるのか? 捨てるのか? もし誤って「仏の言葉の外(ほか)に祖師の言葉が有る」と言ってしまうならば、誰が祖師の言葉を信じるであろうか? いいえ! 祖師が祖師として存在するのは、仏の言葉を正しく伝えている事による物なのである。仏の言葉を正しく伝えない祖師を誰が「祖師である」と言うであろうか? いいえ! 達磨を崇め敬うのは、二十八祖だからである。誤って「仏の言葉の外(ほか)に祖師の言葉が有る」と言ってしまうならば、十祖、二十祖と立てられないであろう。祖師を恭(うやうや)しく敬う理由は、仏の言葉を正統に代々伝えているためであり、仏の言葉が重要だからである。仏の言葉を正しく伝えない祖師は、どんな「面目」、「立場」が有って、人や天人とまみえるというのか? まして、仏を慕う深き志を翻(ひるがえ)して新たに仏の言葉ではない祖師には従えない。

道元は、「臨済義玄が「この世」に未だ来ないし、雲門文偃が「この世」に未だ出現していなかった時は、仏祖は何を仏道を学び修行する見本としていたか? 経である!」と言います。

でも、ブッダ自身はどうだったんでしょうか?

明らかに、その時には経はありません。

あるのは、道元が外道と呼ぶヴェーダやウパニシャッドなどの経です。

道元はもしかすると、ひねって「経には始まりも終わりもなく、釈迦牟尼仏自身が経である」と言うかもしれません。

でも、そうであるなら、臨済義玄や雲門文偃を経とみなしてもいいのではないでしょうか?

経というのは法華経に限定されるものでしょうか?

釈迦牟尼仏を法華経と同一のものだとみなすことは、反対に釈迦牟尼仏を軽んじることになるかもしれません。

また、道元は、「もし仏の経を投げ捨てるべきならば、臨済義玄と雲門文偃をも投げ捨てるべきである」と言います。

仏の経を投げ捨てるべきであると言う人が、自身が投げ捨てられることを恐れると思うでしょうか?

むしろ、それを望むはずです。

道元がこう言うのは、道元自身が投げ捨てられるのを恐れているからかもしれません。

道元は法華経に権威を感じすぎなのではないかと思います。

達磨を崇め敬うのは、達磨が二十八祖だからというのは少し軽薄なんじゃないでしょうか?

現代に置き換えるなら、それは相手の言葉の本質を聞かずに、相手の役職を気にしているようなものかもしれません。

なぜ、道元はここまで法華経に権威を感じているのか?

坐禅することによって明らめるべきはそのことなのではないかと思います。

そのことは、道元にとって未だ「不思量」となっているのではないかと思います。

仏教は一枚岩ではないし、禅宗自体も一枚岩ではない

ここまでお話してきた通り、実のところは、仏教というのは一枚岩ではありません。

仏教という統一見解はないということですね。

そして、それは禅宗自体もそうです。

禅宗自体も一枚岩ではありません。

道元は、臨済義玄の考えを否定することが多いです。

現代においても、臨済宗と曹洞宗は違うものと認識されているのではないかと思います。

ましてや、部派仏教においては「二つの乗り物」の段階の人々として、正法眼蔵の中でも話題にのぼることも少ないです。

二つの乗り物とは、「私の心」と「仏の心」のことであり、私の心が、仏の心に成ることを目指している段階ということです。

まだ、一切のものは心であり、心は一切のものであり、心を得ることは不可能だと理解していない人々と道元は認識しているということですね。

なので、多くの人は仏教を習いたいと思っても混乱するのではないかと思います。

宗派によって言っていることが違うからです。

何を信じればいいのか分からないんです。

そんなこともあって、僕自身、仏教の道は通ってきていません。

ブッダ自身の言葉には興味はありますが、宗教としての仏教には興味がないんです。

実は、道元も同じだったのかもしれません。

現代においては、法華経は創作された仏典だと言われており、最古の仏典はスッタニパータであると言われています。

でも、当時はそんなことは分からないでしょうし、おそらく、道元はスッタニパータを読んではいないのではないかと思います。

なので、法華経を拠り所にせざるを得なかったのかもしれません。

でも、何かを信じようとすることは、何も知らないということの裏返しであったりもします。

確かなものが何も無いからこそ、何かを信じたいと思うんです。

皮肉にも、スッタニパータの中に、何かを信じるということを戒めるような言葉があります。

スッタニパータの第四章の「最上についての八つの詩句」の中でブッダはこう語っています。

世間では、人は諸々の見解のうちで優れているとみなす見解を「最上のもの」であると考えて、それよりも他の見解はすべて「つまらないものである」と説く。それ故にかれは諸々の論争を超えることができない。かれ(世間の思想家)は、見たこと、学んだこと、戒律や道徳、思索したことについて、自分の奉じていることのうちにのみすぐれた実りを見、そこで、それだけに執着して、それ以外の他のものをすべてつまらぬものであると見なす。ひとが何かあるものに依拠して「その他のものはつまらぬものである」と見なすならば、それは実にこだわりである、と真理に達した人々は語る。それ故に修行者は、見たこと、学んだこと、思索したこと、または戒律や道徳にこだわってはならない。智慧に関しても、戒律や道徳に関しても、世間において偏見をかまえてはならない。自分を他人と「等しい」と示すことなく、他人よりも「劣っている」とか、あるいは「優れている」とか考えてはならない。かれは、すでに得た見解、先入見を捨て去って執着することなく、学識に関しても特に依拠することをしない。人々は種々異なった見解に分かれているが、かれは実に党派に盲従せず、いかなる見解をもそのまま信ずることがない。かれはここで、両極端に対し、種々の生存に対し、この世についても、来世についても、願うことがない。諸々の事物に関して断定を下して得た固執の住居は、かれには何も存在しない。かれはこの世において、見たこと、学んだこと、あるいは思索したことに関して、微塵ほどの妄想をも構えていない。いかなる偏見をも執することのないそのバラモンを、この世においてどうして妄想分別させることができるであろうか? かれらは、妄想分別をなすことなく、いずれか一つの偏見を特に重んずるということもない。かれらは、諸々の教義のいずれかをも受け入れることもない。バラモンは戒律や道徳によって導かれることもない。このような人は、彼岸に達して、もはや還ってこない。

これが本当にブッダの言葉なのかは分かりません。

ただ、現代の研究においては、法華経よりも、スッタニパータの中でも特に古いと言われる「八つの詩句の章」の方が、ブッダの言葉である可能性は高いと言われているようです。

道元がこの経を見たなら「これは外道の教えである」と言うでしょうか?

なにしろ、法華経の中では重要なものとして位置づけられている戒律や道徳といったものが、八つの詩句の章では否定されています。

もしくは、「これは釈迦牟尼仏の方便である」と言うでしょうか?

ブッダが本当に説きたかったのは法華経であり、スッタニパータは法華経の臣民であり眷属でしょうか?

現代の研究においては、それは否定されるはずです。

なにしろ、何ひとつとしてブッダ本人が承認したという仏典は残ってはいないからです。

であるなら、一体何が正しいんでしょうか?

確かなのは、何も分からないということです。

「月」とは何の比喩か?

道元にとって、悟るということは、心と心の性質を理解することです。

心とは一切のものであり、一切のものは心である。

そしてまた、心を得ることは不可能であると理解することです。

どうすればそれを理解できるのかといえば、仏道に入ることであり、法華経を見ることであり、坐禅をすることであり、戒律を守ることであり、それは、道元にとっては、大いなる悟りの中で、大いに悟るということと同じです。

でも、悟りには違う側面もあります。

禅では、それは、「月」として表現されることが多いのではないかと思います。

「月」とは何なんでしょうか?

道元は、「都機」という巻の中でこう語っています。

盤山宝積(ばんざんほうしゃく)は、「心の月は単独で円い。心の月の光は森羅万象を飲み込む。心の月の光は知覚の対象を照らすわけではない。また、知覚の対象は存在するわけではない。心の月の光も、知覚の対象も、共に、無い。では、心の月の光や、知覚の対象は、どういった物であるのか?」と言った。盤山宝積の言葉の意味によると、仏祖や、仏の子には、必ず、心の月が有る。月を心としているので。月でなければ心ではない。心ではない月は無い。「単独で円い」と言うのは、欠けていない事なのである。「両三(二つ、三つ)」ではないのを「森羅万象」と言う。「森羅万象」は、「心の月の光」であるので、「森羅万象ではない」と言える。このため、「心の月の光は森羅万象を飲み込む」のである。森羅万象は自らの月の光を飲み込み尽くすので、光が光を飲み込むのを「心の月の光は森羅万象を飲み込む」と言っているのである。例えば、月が月を飲み込むのであるし、光が月を飲み込むのである。このため、「心の月の光は知覚の対象を照らすわけではない。また、知覚の対象は存在するわけではない」と言っているのである。

「心の月は単独で円い」という言葉は、分かる人には分かるし、分からない人はいくら考えても分からないという類のものです。

もしかすると、道元は後者なのかもしれません。

単独で円いはずの月が、なぜ、もうひとつの月に飲み込まれるんでしょうか?

光が月を飲み込むことはありません。

月があるからこそ光があるからです。

道元は、一切のものは心であるという前提に立って物事を理解しようとします

なので、月は月を飲み込むといった解釈になります。

盤山宝積は、月は心であるとは言っていません。

あくまでも、「心の月」と言っているのであり、「心の月の光」という言葉も、心とは区別して使っています。

月とは、無相三昧(サマーディ)の中で感じられるものです。

「仏性」という巻の中では、「「形が満月のようである」と言われている「無相三昧」によって」という言葉がでてきたりもします。

道元は、坐禅をするのは仏祖の言動を模倣するためと言いますが、禅において坐禅が行われるのは、無相三昧の中で、単独で円い月を発見するためだったりもするのではないかと思います。

単独で円い月を発見することを、禅では「見性(けんしょう)」と言うのではないかと思います。

仏の性質(仏性)を見ることですね。

古くから、大乗仏教や部派仏教やヴェーダを経典とする人々の間で言い争われているのは、この、単独で円い月は実在するのかどうかということです。

それは、不変不滅なのかということです。

大乗仏教の立役者である龍樹の「空」の思想を支持する人にとっては、単独で円い月も「空」です。

それは、有るとも言えないし、無いとも言えないし、有ったり無かったりするとも言えないものです。

道元も、どちらかといえば龍樹の「空」の思想を支持しているのではないかと思います。

ただ、道元の場合は、「一切のものは「空」である」とは言いません。

「一切のものは「心」であり、心を得ることは不可能である」と言います。

龍樹の「空」が「無」に近いものなのだとすれば、道元の「空」は「有」に近いものがあるかもしれません。

なぜ、そう感じられるのかというと、実のところ、道元は不変不滅な存在を信じているからです。

「いやいや、道元は不変不滅な存在を信じる人を外道と呼んでいるじゃないか」と思うかもしれません。

確かにそうなんですが、ここに道元の思想の巧妙なところがあります。

おそらくは、道元は龍樹が「空見(くうけん)」と呼ぶ考え方に陥っているのではないかと思います。

空見」とは、「空」という実体があると考えてしまうことです。

龍樹の中論の第13章「形成されたももの考察」の中で龍樹はこう語っています。

(関連記事:龍樹(ナーガールジュナ)の中論をわかりやすく解説【「空」の思想】

もしも何かある不空なるものが存在するならば、空というあるものが存在するであろう。しかるに不空なるものは何も存在しない。どうして空なるものが存在するであろうか。一切の執着を脱せんがために、勝者(仏)により空が説かれた。しかるに人がもしも空見をいだくならば、その人々を「何ともしようのない人」とよんだのである。

龍樹の言葉には論理的な難解さがあります。

簡単に言うならば、何かが「有る」ということは、それが「無い」ということを想起させます。

でも、「空」の場合には、その反対の概念を想起させません。

「不空」という概念は想像できませんよね。

それはつまりは、「空」という実体がないからと言うことです。

でも、なぜ、道元が空見を抱いていると言えるんでしょうか?

例えば、「仏性」の巻の冒頭で、道元はこう語っています。

釈迦牟尼仏は、「一切のすべての生者には、ことごとく仏に成れる性質が有る。如来は、常に不変で住んでいて、変化しない。」と言った。この言葉は、私達の大いなる師である釈迦牟尼仏の「獅子が吼えるように説かれた法」である「転じた法輪」、「説かれた法」であるが、一切のすべての諸仏、一切のすべての祖師の「頂上」であるし、「見る眼」である。

ブッダは、「一切のすべての生者には、ことごとく仏に成れる性質が有る。如来は、常に不変で住んでいて、変化しない」と言っています。

そして、道元はそのことを否定してはいません。

むしろ、ブッダのこの言葉は「頂上」であると言っています。

つまりは、道元は、如来は不変不滅だと思っているんです。

これは空見ではないでしょうか?

このことは、道元が外道と呼ぶ不変不滅の存在を信じる人達とどう違うんでしょうか?

仏に成れる性質は、真我では無い

道元は、自身の思想と、外道の思想との違いについて、「仏性」の巻の中でこう語っています。

「仏に成れる性質」という言葉を聞いて、多くの学者は、先尼外道の「我」、「真我」、「霊知」の様に誤解している。誤解しているのは、人に出会わないし、自己に出会わないし、師にまみえないからである。いたずらに、「四大元素」の「火」や「風」の様に動揺する心の意識を、仏に成れる性質の「覚知覚了」、「自覚」であると誤解している。(中略)十二祖の馬鳴(めみょう)は十三祖の迦毘摩羅(かびもら)のために仏に成れる性質の海を説いて、「山河や大地は皆、仏に成れる性質の海によって建てられている。三昧や六神通は、仏に成れる性質の海によって発現する。」と言った。(中略)知るべきである。「諸々の三昧が発現したり、来て現れる」のは、同じく、「皆、仏に成れる性質の海によって」なのである。六神通のすべては、仏に成れる性質によるものも、直接的には仏に成れる性質によらないものも、共に、「皆、仏に成れる性質の海によって」なのである。(中略)大円禅師と呼ばれる三十七祖の潙山霊祐(いざんれいゆう)は、ある時、僧達に示して、「一切のすべての生者には、仏の性質が無い」と言った。潙山霊祐の言葉を聞いた人や天人の中に、喜んだ大いなる素質を持つ者もいたし、驚き疑う類の者もいた。釈迦牟尼仏の言葉は「一切のすべての生者には、ことごとく仏に成れる性質が有る」であり、潙山霊祐の言葉は「一切のすべての生者には、仏の性質が無い」である。有無の言葉の理(ことわり)は、遥かに異なる。言葉を会得して理解して取る事の当たる、当たらないが有る事は疑い無い。けれども、「一切のすべての生者には、仏の性質が無い」という言葉だけが仏道では優れている。(中略)もし「生者」に仏の性質が有れば、「魔」、「仏敵」の仲間だろう。魔の子、一人をもたらして「一切のすべての生者」に混ぜようとするようなものである。仏の性質は仏の性質なので、「生者」は「生者」である。「生者」は本(もと)から仏の性質をまったく備えていない。たとえ、「生者」が仏の性質を備えようと求めても、仏の性質が求めて初めて来る事ができない意味が有る。「ある人が酒を飲むと別の人が酔う」と言う事なかれ。もし自然に仏の性質が有る者は、「生者」ではない。既に「生者」である者には、仏の性質は無い。

道元は、外道も仏教のように一枚岩ではないということを理解していないかもしれません。

ヴェーダを信奉する人々の間でも、いくつかの見解に分かれています。

道元が正法眼蔵の中でイメージしている外道というのは、サーンキヤ哲学のことかもしれません。

この世界は実在するものであり、その中を、これまた実在する魂が輪廻していると考えるのがサーンキヤ哲学です。

でも、アドヴァイタ・ヴェーダーンタ哲学では魂の存在を否定しています。

ただ、真我だけが実在し、魂や世界は実在していないと考えます。

真我とは、魂や動揺する心のことではないんです。

それこそ、アドヴァイタ・ヴェーダーンタ哲学の世界観は、心とは障壁や瓦礫であると考える道元の思想に近いものがあるんです。

ましてや、道元は如来は不変不滅であると考えています。

真我と如来は、一体、何が違うんでしょうか?

道元は、「仏に成れる性質の海」という表現を使っています。

おそらくは、道元は「如来」という不変不滅の実在があり、その中に「仏に成れる性質の海」が広がっており、その海の中の一切のものは「心」でできていると考えているのではないかと思います。

それゆえに、心とは一切のものであり、一切のものは心であると言うのではないかと思います。

心を得ることは不可能であるというのは、心は如来の所有物だからです。

そして、三昧(単独で円い月)も仏に成れる性質の海が有るがゆえに発現すると言います。

ここに、道元の思想と、アドヴァイタ・ヴェーダーンタ哲学の違いがあります。

アドヴァイタ・ヴェーダーンタ哲学では、単独で円い月こそが真我だと考えます。

それが唯一実在するものだと考えます。

それがあるがゆえに、道元の言う、仏に成れる性質の海が発現すると考えます。

道元の思想と、アドヴァイタ・ヴェーダーンタ哲学は、この世界のことに関する限り、かなり似ています。

ただ、不変不滅の実在とは何かという認識が真逆と言ってもいいほどに違います。

道元にとって、真我とは動揺する心のことであると映るのは、それが理由なのではないかと思います。

「単独で円い月」についての4つの解釈

「単独で円い月」については、4つの解釈があると思っています。

1つめは、龍樹の「空」の思想による解釈です。

この場合、「一切のものは「空」である」の一言で終わります。

坐禅することによって、無相三昧の境地に入り、単独で円い月を見た(見性した)としても、龍樹によればそれは「空」なんです。

単独で円い月は有るとも言えないし、無いとも言えないし、有ったり無かったりするとも言えないんです。

龍樹の「空」の思想は非常に論破しにくいです。

というのも、論理的な破綻がほとんど無いからです。

論理的に考えていくならば、「確かにそうなるよね」という論理展開をしています(輪廻を前提にしているところで破綻しますが)。

ある意味では、自由連想を繰り広げる道元とは対極の思考をする人だと言えます。

ただ、「空」の思想は虚無主義だと批判されることがあるように、救いがないように感じられるかもしれません。

それゆえに、大乗仏教の中でも、唯識や、道元の思想のように、龍樹のストイックな「空」の思想から変化していったのかもしれません。

2つめは、アドヴァイタ・ヴェーダーンタ哲学による解釈です。

「単独で円い月」こそが真我であると考えます。

ただ、この解釈は納得しがたいと思います。

というのも、多くの人は「単独で円い月なんてここには無いんだけど?」と感じるであろうからです。

もし、真我が不変不滅なのであれば、それは今ここで感じられて当然のものでしょう。

それが感じられないというのであれば、それは真我では無いし、不変不滅でも無いということです。

この解釈はそう結論づけることが簡単です。

坐禅することによって「単独で円い月」を見たという人(見性した人)でさえ、そう結論づけることが簡単です。

坐禅が終われば「単独で円い月」は消えてしまうからです。

3つめは、サーンキヤ哲学による解釈です。

サーンキヤ哲学では「単独で円い月」を魂であると考えます。

魂はアートマンとも呼ばれます。

そして、魂は、この現象世界を輪廻しながら神と一体となるために進化していくと考えます。

神とはブラフマンとも呼ばれるものです。

サーンキヤ哲学では、魂も、現象世界も、神も、不変不滅であると考えます。

4つめは、道元の解釈です。

道元は、「単独で円い月」という比喩を、龍樹や、アドヴァイタ・ヴェーダーンタ哲学や、サーンキヤ哲学と同じようには認識していないかもしれません。

というのも、月という言葉を、比喩ではなく、現象の一部としてとらえているからです。

「現成公案」という巻の中で、道元はこう語っています。

人が悟りを得るのは、水に月が映るようなものである。月は濡れないし、月によって水は破れない。月などの光は広大な光であるが一尺や一寸のわずかな水に映るし、月のすべても満天も草の露にも映るし一滴の水にも映る。悟りが人を破らないのは、月が水を穿って突き破らないような物である。人が悟りを遮らないのは、一滴の露が月も天も遮らないような物である。深さは、高さの物差しに成る。時間の長短では、水の大小を点検して詳細に調べて、月や天の広さ狭さをわきまえて理解して取る事ができる。

「単独で円い月」が不変不滅な存在かどうかは、古くから言い争われてきたものです。

どんな宗教であれ、「単独で円い月」が何を比喩しているのかは、共通認識としてあったはずです。

聖霊、ハート、真我、ニルヴァーナ、アートマン、仏性、彼岸、その理解は前提なんです。

でも、道元にはその前提が無いようにも思えます。

道元の中にある前提は、「心とは一切のものであり、一切のものは心である」ということなのかもしれません。

水滴の中に映っている月が、水滴を破らないからといってどんな意味があるでしょうか?

論点は、水滴に月が映っていようがいまいが、そもそも水滴があろうがなかろうが、「単独で円い月」は不変不滅なのかというところなんです。

道元にとっては、「単独で円い月」は心なのであって、障壁や瓦礫と同じものでしょう。

不変不滅ではありません。

ただ、道元の場合には、「単独で円い月」の他に、如来という不変不滅の存在を想定しています。

それは実のところ、サーンキヤ哲学の考え方に近いものがあります。

道元が考える如来という存在と、サーンキヤ哲学が考えるブラフマンという存在は似ています。

違いは、サーンキヤ哲学が、魂と世界も不変不滅なものと考えているのに対し、道元は、魂は存在しないし、世界の一切は心なのであって、不変不滅ではないと考えているところです。

現成公案とは何か?

正法眼蔵は100万文字を超える超大作です。

そのすべてが解説されることは少ないと思います。

なので、部分的に解説されるわけですが、正法眼蔵を代表する巻として「現成公案」が取り上げられることが多いと思います。

現成公案は宗教性や戒律といった側面がほとんどなく、抽象的な内容になっています。

難解であると言われているのではないかと思います。

でも、今までお話してきた、道元の思想の前提に立つなら、現成公案も読み解きやすくなるのではないかと思います。

道元は、如来という不変不滅の存在を想定しています。

そして、その中は仏に成れる性質の海で満たされており、その中に、この世界があると考えています(天国と地獄を含む)。

この世界の一切のものは如来の心なのであり、如来の心が一切のものです。

それゆえに、個人が心を所有することは不可能です。

個人には仏の性質は無く、ただ、仏に成れる性質が有るだけなのであり、仏道に入ることによって、坐禅することによって、法華経を見ることによって、そのことを理解することができ、それが悟りそのものだとしています。

「現成公案」の巻の冒頭で、道元はこう語っています。

すべての物が仏法である時は、迷いと悟りが有るし、生死が有るし、諸仏とすべての生者がいるし、修行が有る。すべての物が私には無い時は、迷いと悟りが無いし、生死が無いし、諸仏とすべての生者がいない。仏道は本(もと)から物の多い少ないを超越しているので、迷いと悟りが有るし、諸仏とすべての生者がいる。しかも、同様だとしても、花は愛されて惜しまれて散り、草は嫌われて見捨てられて生い茂るばかりである。自己を運んですべてのものを修行して証するのを迷いとする。すべてのものが進んで自己を修行して証するのは悟りである。迷いを大いに悟るのは諸仏である。悟りに大いに迷うのはすべての生者である。悟りの上に更に悟りを得る者がいる。迷いの中で更に迷う者がいる。諸仏が正(まさ)しく諸仏である時は、「自己は諸仏である」という認知を用いなくても、諸仏を証しているのであるし、諸仏を証していく。身心を挙げて色を見て取ったり音や声を聴いて取ったりしても、親しく会得して取っても、鏡に形を映すようにはできないし、水に月を映すようにはできない。一方を証する時は一方は暗い。仏道を習うとは、自己を習うのである。自己を習うとは、自己を忘れるのである。自己を忘れるとは、すべてのものに証されるのである。すべてのものに証されるとは、自己の身心と他者の身心を脱ぎ落とさせるのであるし、悟りの跡である休みなのであるし、休みである悟りの跡を長々と出させる。

すべての物が仏法である時は、迷いと悟りが有るし、生死が有るし、諸仏とすべての生者がいるし、修行が有る

如来という不変不滅の存在の中で、あらゆる現象が起こっているということだと思います。

例えば、道元は「悟りの上に更に悟りを得る者がいる。迷いの中で更に迷う者がいる」と言っています。

これはどういうことなのかと言えば、そもそも、如来という不変不滅の存在があるだけなのであり、その視点から見るならば、あらゆる存在はすでに悟っているということになります。

にも関わらず、生者としての視点から見れば、悟っているようには思えず、むしろ、迷いの中にいるようにすら感じられます。

でも、そうではなく、一切のものは如来の心なのであると理解すること、それを理解するために仏道に入ること、それが悟りの上に更に悟りを得るということです。

迷いの中で更に迷う者がいるというのは、外道の教えを信じてしまう者のことを指しているのだと思います。

迷っているように感じるのは錯覚であるにも関わらず、外道の教えを信じてしまうなら、迷いという錯覚の中でさらに迷うことになるのでしょう。

すべての物が私には無い時は、迷いと悟りが無いし、生死が無いし、諸仏とすべての生者がいない。仏道は本(もと)から物の多い少ないを超越しているので、迷いと悟りが有るし、諸仏とすべての生者がいる

すべての物が私には無い時は無いという逆説なのではないかと思います。

如来は不変不滅ということであって、道元なりの「空(見)」の表現かもしれません。

心は「空」なのであり、多いも少ないも無いも無いのだと思います。

しかも、同様だとしても、花は愛されて惜しまれて散り、草は嫌われて見捨てられて生い茂るばかりである

一切のものは心であり、同様であったとしても、現象的には、花と草のような違いがあり、扱われ方に違いもあるということですね。

それは生者も同じなのであって、草のように嫌われ見捨てられることもあるかもしれません。

そうだとしても、それは心の有り様なのであって、それは悟りの中にあるということです。

自己を運んですべてのものを修行して証するのを迷いとする。すべてのものが進んで自己を修行して証するのは悟りである

心を自己の所有物として認識し、所有する心を増やしていこうと修行することは迷いであるということだと思います。

そうなのではなく、心を所有することは不可能であることを理解すること、なぜなら、それは如来の所有物であるということを理解することが悟りということなのではないかと思います。

身心を挙げて色を見て取ったり音や声を聴いて取ったりしても、親しく会得して取っても、鏡に形を映すようにはできないし、水に月を映すようにはできない。一方を証する時は一方は暗い

身心を自己だと思っている限り、この世界が鏡の中に映っている形みたいなもの(実体の無いもの)だということ、水の中に映っている月のようなもの(実体の無いもの)だということを理解できないだろうということなのではないかと思います。

身心は自己だという認識と、一切のものは心であるという認識は同時には成り立ちません。

どちらかの認識が明るい時には、もう一方は暗いです。

仏道を習うとは、自己を習うのである。自己を習うとは、自己を忘れるのである。自己を忘れるとは、すべてのものに証されるのである。すべてのものに証されるとは、自己の身心と他者の身心を脱ぎ落とさせるのであるし、悟りの跡である休みなのであるし、休みである悟りの跡を長々と出させる

まさしく、道元が考える悟りの過程そのものなのではないかと思います。

仏道に入り、心と心の性質を習い、体はもとより魂という自己も存在しているわけではないということを理解し(自己を忘れる)、心とは一切のものであり、一切のものは心であり、心を得ることは不可能であるということを理解すること(すべてのものに証される)、それが悟りだということなのではないかと思います。

単独で円い月は、心なのか?

道元が見性したことがあったかは分かりません。

正法眼蔵を読む限り、それを思わせることは書かれていないように思います。

少なくとも、そのことを重要視はしていないようです。

道元が重要視しているのは、仏道に入ることであり、心と心の性質を知ることであり、法華経を見ることであり、坐禅をすることであり、戒律を守ることです。信仰心を重要視しています。

ただ、ここに、道元の思想の矛盾点があるのではないかと思っています。

信仰心を得ることは可能なんでしょうか?

それとも不可能なんでしょうか?

道元は、心を得ることは不可能であると言っています。

信仰心は例外なんでしょうか?

道元は、その信仰心ゆえに、法華経を絶対視していたんじゃないでしょうか?

現代においては、法華経は創作された仏典だと言われていますし、当時の中国の禅師も、仏典を見ることを戒めています。

もし、心を得ることが不可能なのであれば、信仰心を得ることも不可能です。

一時的に、仏典を信じるということはあるにしても、信じ続けるということは、信仰心を得ようとしない限り不可能です。

今の自分が、1年後に何を考えるのかを決めることは不可能です。

信仰心を得ようとすることは、その不可能に挑戦しようとすることに似ています。

道元は、「自己を習うとは、自己を忘れるのである」と言います。

にもかかわらず、信仰心を持つこと、戒律を守る事を勧めます。

一体、誰にそれを勧めているんでしょうか?

そうしようとする自己がいなくならない限り、自己を忘れることは不可能でしょう。

道元は、「洗浄」という巻の中で、トイレの中での作法にまで言及しています。

そういったことは、まさしく、心に任せておけばいいのではないでしょうか?

心を得ようとする必要は無いわけです。

このことは、実は「単独で円い月」と大いに関係しています。

禅では、「単独で円い月」というのは、坐禅をすることによって、見性することによって理解できると思われるかもしれません。

そしてまた、それは坐禅をしている時にだけ稀に現れる現象だと思われるかもしれません。

でも、実際のところはそうじゃありません。

すべての人は「単独で円い月」を知っています。

多くの人は、仕事に縛られる感覚、そしてまた、仕事から解放される感覚を知っているのではないかと思います。

実のところ、「単独で円い月」というのは、仕事から解放される感覚にソックリです。

というよりも、同じものです。

それは、坐禅をするから感じられるという限定されたものではないんです。

解放感というのは、自分を縛る心が消えている時に感じられるものです。

坐禅をしなければならないという心が、坐禅の中に消える時に、見性は起こるかもしれません。

心から解放されるんです。

仕事でも同じです。

やらなければならない仕事をやり終えた時に、解放感を感じます。

自分を縛る心から解放されるんです。

どちらにも共通して言えるのは、自分で自分を縛っておいて、その縛りが消えた時に解放感を感じているということです。

であるなら、最初から自分を縛らなければいいんじゃないでしょうか?

心とは雲のようなものであり、「単独で円い月」を覆い隠します。

心を所有しようとすることは、雲を厚くするということであり、「単独で円い月」は無いものであったり、一時的なものであるかのように感じられるでしょう。

それこそ、道元のように、心であるかのように感じられるかもしれません。

でも、それを無いとか一時的であると結論づけるためには、まずは、自身が所有する心を手放してしまう必要があります。

心を得ることは不可能であるなら、それは簡単なはずです。

でも、道元はその逆をやってしまっています。

法華経に書かれていることを絶対視し、戒律や道徳によって自身を心で縛ってしまっています。

それゆえに、道元が「単独で円い月」を理解できなかったであろうことは当然とも言えるんです。

スッタニパータの中のブッダが言うように、「見たこと、学んだこと、思索したこと、または戒律や道徳にこだわってはならない」んです。

「単独で円い月」の実在性については「それは不変不滅である」、「それは不変不滅では無い」と、イエスかノーかで語られることが多いのではないかと思います。

それは、宗教的な対立であるかのように語られることが多いのではないかと思います。

でも、実際のところは、もっとアナログ的な言い方もできます。

例えば、多くの人は、太陽が雲に隠れたとしても、太陽はそこに有ると認識するのではないかと思います。

太陽が雲に隠れた瞬間に、「今、太陽は無い!」と言う人はいないのではないかと思います。

本当に太陽が無いのであれば、太陽が雲に隠れたということにすら気がつけません。

窓の無い真っ暗な部屋に入るようなものだからです。

曇りだろうが、雨だろうが、嵐だろうが、太陽がそこに有るから、そのことにも気がつけるわけです。

日中は常に太陽が空に登っている(雲に隠れていたとしても)。

これが多くの人の認識だと思います。

「単独で円い月」は不変不滅であると言う人の認識は、この認識に近いと思います。

雲に隠れることもあるし、熟睡中はその記憶も無いけれども、それは常にここに有ると言えるということです。

別の見方をするならば、そう感じられるほどに、雲で覆い隠されていないということでもあります。

心で自身を縛らないからです。

一方、心で自身を縛ってしてしまうなら、太陽はどこにも無いように感じられるかもしれません。

坐禅をしている時に、一瞬だけ太陽の光が差しこんだとしても、太陽が常にそこに有るとは認識しないのではないかと思います。

それは一時的な現象なのであって、坐禅をしている間だけ稀に感じられると思うかもしれません。

であるなら「単独で円い月」が不変不滅であるとは思わないでしょう。

そう思うのは当然ですし、自身でそのことを確認したと思うので、そこには確信があったりもします。

でも、自身が心を所有しようとしているということ、そして、「単独で円い月」との関係性には気づけないかもしれません。

「心を得ることは不可能である」という心を得ることは不可能である

「心を得ることは不可能である」ということは、信じるべきことなんでしょうか?

そのことを信じた上で、信仰心を得ようとするべきなんでしょうか?

実際のところは、信仰心だって得ることは不可能です。

信仰心は、障壁であり瓦礫みたいなものです。

ただ、そうしようとすること自体は可能なのであり、道元にとっては、信仰心を得ることが悟りでもあります。

それは矛盾しているのですが、道元にとっては、それが悟りの中でさらに大いに悟ることです。

ただ、道元の思想というのは、それが本当なのかということを確認することができません。

如来が不変不滅であるということを確認することはできません。

そしてまた、山や河や大地が心であるということも確認できません。

道元は、5感覚も心であると認識しているところがあり、思考という心と、5感覚の違いを検証してはいません。

龍樹の「空」の思想のように、論理的な緻密さがあるというわけでもないんです。

ただ、それを信じることができるだけです。

道元が法華経に書かれていることを信じるようにです。

道元は、1223年から1227年まで中国に渡って禅を学んだと言われています。

ただ、道元が持ち帰ってきた禅の思想というのは、中国の禅とは違うものなのではないかと思います。

僕が、正法眼蔵を読むまで禅に対して抱いていたイメージというのは、中国の禅だったのかもしれません。

そこには宗教的ではないイメージがありました。

一方、道元が持ち帰ってきた禅の思想はとても宗教的です。

僕は、道元がひたすら坐るという只管打坐を説いたようには思えません。

なぜなら、道元にとって、坐禅をする目的は仏祖の言動を模倣するためだからです。

そして、その根拠は法華経にあります。

なので、道元にとっては、只管打坐の実践よりも、法華経を見るということの方が重要度が高かったのではないかと思います。

本当に只管打坐を重要視したのは、道元ではなく、道元の師である如浄なのではないかと思います。

禅では、古来から代々、師弟の間で禅の真髄が伝えられてきていると言われていると思います。

ただ、如浄と道元の間でさえ、大きな違いがあるようにも思えます。

そう考えると、ブッダの教えがそのまま道元に伝わっているとは考えにくいですし、道元の教えがそのまま現代にまで伝わっているとも考えにくいです。

まさしく、一枚岩では無いと思います。

僕は、現代の禅に宗教性はあまり感じませんし、現代の禅師の中には、道元の思想に批判的な人もいるかもしれません。

そうであって当然なのではないかとも思います。

そしてまた、正法眼蔵だって、本当に道元が書いたのかどうかは確認することができないわけです。

現代の学者が考古学的に確かに道元の著書だと言ったとしても、そもそも、その考古学が間違っていることもありますし、確かなことは言えないわけです。

だからこそ、スッタニパータの中のブッダの言葉には一理あるのではないかと思います(それがブッダの言葉でなくとも)。

かれらは、妄想分別をなすことなく、いずれか一つの偏見を特に重んずるということもない。かれらは、諸々の教義のいずれかをも受け入れることもない。バラモンは戒律や道徳によって導かれることもない。このような人は、彼岸に達して、もはや還ってこない。

正法眼蔵は100万文字以上ある超大作なので、そのすべてに言及したわけじゃありません。

戒律についての話はほとんど省いています。

ただ、道元の思想の真髄となる部分は分かりやすく解説できたのではないかと思います。

もちろん、道元は曹洞宗の開祖と呼ばれる人物で、禅宗であって大乗仏教であって宗教です。

道元に対しての批判的な内容を不愉快に感じる人も当然いると思います。

ただ、なぜそうなのかについては分かりやすくお話したつもりです。

仏教に限らず、あらゆる宗教は一枚岩ではないと思います。

時を経るほどに、その多様性は拡大していく傾向にあると思います。

その多様性ゆえに、違う宗教であるにも関わらず似てくるということもでてくるわけです。

例えば、道元の思想は、龍樹の「空」の思想よりも、インドのサーンキヤ哲学に近いようにも感じたりします。

もっと言うなら、道元の思想は、現代のスピリチュアルな概念と親和性があるかもしれません。

人は真理に対して様々なイメージを抱くことができます。

イメージすることには限りがないので、時を経るほどに多様性は広がります。

人はそういったイメージを信じるべきなんでしょうか?

それとも、信じる以外の道があるんでしょうか?

皮肉にも、仏教の開祖と呼ばれるブッダが説いたのは、信じる以外の道なのかもしれません。

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