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探究が進むにつれて今までの仕事、役割、人間関係なども変わっていくのか?【Q&A】

今回は、SSさんから頂いた質問メールを公開したいと思います。

SSさん、ありがとうございます。

SSさんからの質問

山家さん

ご無沙汰しております。
以前に何度かやり取りをさせていただきました、SSと申します。
またメールで質問させていただきたく連絡させていただきました。
お時間のある時にご回答いただければ幸いです。

以前連絡させていただいたのは、今年の8~9月頃でした。
その後、瞑想は時間があるときに短い時間ですが続けており
日常感じている胸のあたりの苦しさ、重さとは違う
解放感に似た感覚を胸の下あたりに感じるようになってきています。

(関連記事:他人にも自分と同じように意識があることを確認できるのか?【Q&A】

ただ、一方で、現実の世界では(私にとって見えている現実という意味になりますが)
今まで、自分が積み重ねてきた、または継続してきた、日常と思っていた部分がいろいろな部分で
破綻してきている感覚、立ち行かなくなっている感覚があり正直困惑しています。
自我がそう感じるのであって、それも真理の探究の側面なのかなとも思うのですが
今まで大切に思ってきた仕事や人間関係、価値観がぐらぐらしてくると
このような気持ちで日々の仕事や責任を全うしていくことに自信がなくなってきています。

そこで質問なのですが
真理の探究が進むにつれて、価値観などの感じ方は大きく変わっていくと思いますが、
今までの仕事、役割、人間関係なども必然的に変わっていくものでしょうか。
自分の居場所は変わっていくものでしょうか。
多くの場合そのようになるのが自然な気もしますが。。
それとも感じ方が変わっても、現状の仕事や立場、人間関係を維持したままでいくということも
あるのでしょうか。
私自身はすべて投げ出してしまいたい気持ちと、自分が大切にしてきた仕事や人間関係をこれからも
大切にしていきたい気持ちの両方があります。
(ちなみに私にとって家族は唯一無二の存在で一番大切なものですのでそれにはあたりません。)
漠然とした質問で恐縮ですがよろしくお願い致します。

回答

SSさん
こんにちは。

お久しぶりです。

> 日常感じている胸のあたりの苦しさ、重さとは違う
> 解放感に似た感覚を胸の下あたりに感じるようになってきています。

それは良かったです。
こういったことは言葉では伝えられないことですから。

> 真理の探究が進むにつれて、価値観などの感じ方は大きく変わっていくと思いますが、
> 今までの仕事、役割、人間関係なども必然的に変わっていくものでしょうか。
> 自分の居場所は変わっていくものでしょうか。
> 多くの場合そのようになるのが自然な気もしますが。。
> それとも感じ方が変わっても、現状の仕事や立場、人間関係を維持したままでいくということも
> あるのでしょうか。
> 私自身はすべて投げ出してしまいたい気持ちと、自分が大切にしてきた仕事や人間関係をこれからも
> 大切にしていきたい気持ちの両方があります。

こういった葛藤は当然起こると思います。
でも、結論を急ぐ必要はないかもしれません。

SSさんもおっしゃるように、それを感じているのは自我なのであって、自我はそれを解決したいと思いますよね。
でも、自我として、どちらかを選択しようとする必要はないんです。

葛藤している状態を、ただ、観察しておくのがいいのではないかと思います。

自我にとっては、それはとても気持ち悪い状態だと思うのですが、次第に葛藤する感覚は消えていくかもしれません。
実のところは、そこに葛藤がある原因というのは、2つの矛盾する考えがあるからじゃなくて、そのことを気にする自我がそこにいるからなんです。

人間は本質的に矛盾した生き物ですし、2つの矛盾する考えが同居していたっていいんです。
ただ、自我がそのことを気にしたり気にしなかったりするんです。

例えば、僕は散歩をしている時に、分かれ道でどちらに行こうか迷ったりすることがあります。
そんな時は、迷っている状態を観察します。

どんな結果になるかはまちまちです。
パッと決まることもあれば、ちょっと迷うこともあります。
思いもよらぬ第3者の登場に、突如として道を変更したりすることもあります。
表面的には葛藤があるように思えたりもするのですが、葛藤しているわけではなく、観察しているという感覚が強いです。
とはいえ、勝手に決まったとか、勝手に体が動いたとか言い切れるわけでもなく、自由意志でそれを選択したという感覚もあります。

なので、自分がどう行動するのかは、その時にならないと分からないんです。
ただ、迷うということを気にしていませんし、どんな結果になるのかということも気にしていないかもしれません。

ちなみに、探求が進んでも、生まれ持った性質が大きく変わるということは少ないと思います。
どちらかというと、生まれ持った性質がより強くなってくるかもしれません。

僕の場合には、小さい時から1人でいることを好んでいましたし、今もその傾向は強いです。
家族以外の人と会うことは少ないですし、昔から、仕事も1人で成り立ちやすい職種を選んできています。

SSさんの場合も、生まれ持った性質がより強くなってくるのではないかと思います。

> 今まで大切に思ってきた仕事や人間関係、価値観がぐらぐらしてくると
> このような気持ちで日々の仕事や責任を全うしていくことに自信がなくなってきています。

SSさんがその責任を負おうとする必要はないと思います。
もちろん、それは簡単なことではないですし、感情的な反応がありますよね。

でも、感情的な反応が長く続く場合には、そこには何かしらの執着があるということの証拠でもあったりします。
なにかしらの理想的な結果を期待しているのかもしれません。

その理想を握りしめているのが自我であり、葛藤を感じる張本人です。
そのことに気がついてしまうなら、自我の握りしめる力は弱くなっていくのではないかと思います。

作成者: 山家直生

空白JPアーカイブ2020+」「空白JPアーカイブ2021+」紙の本&電子書籍(Kindle)も出版しています。

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