涅槃(ニルバーナ)ってどういう状態?

仏教には涅槃(ねはん)という言葉があります。
英語ではニルヴァーナです。

ブッダの体が死んだときのことを涅槃ということもあるみたいですね。
そのときの様子を絵にした涅槃図というものもあります。

一体、涅槃というのはどういう状態なんでしょうか?

もう、生まれ変わらない?

涅槃というのは、
ウィキペディアによるとこう説明されています。

仏教において、煩悩を滅尽して悟りの智慧(菩提)を完成した境地のこと

なんだか、わかるようなわからないような。
智慧を完成した境地というのはいまいちわかりにくいかもしれません。

涅槃というのは、「涅」と「槃」という言葉から成りたっています。

「涅」というのは読み方は「デツ」「ネツ」「ネ」などと読むようです。
意味としては、水底の黒い土だそうです。
黒の染料としても使われるんだとか。

「槃」というのは読み方は「ハン」で、
意味としては、たらい(鉢など)などだそうです。

ということは、涅槃というのは、
鉢の中の黒い土というような意味なんでしょうか。

僕は、涅槃というのは、黒い土の中の、
すべての種が取り除かれた状態のことを言うのではないかなと思っています。

煩悩というのは種のようなものだと思います。
なんの種かというと、生まれ変わるための種です。

つまりは、涅槃というのは、
もう生まれ変わることはない状態のことなんですね。

種のない土からは、なにも生まれませんよね?

輪廻転生はなぜ起きる?

生まれ変わり、
つまりは輪廻転生はどうして起こるんでしょうか?

それは、煩悩という種を残したまま死んでしまうからですね。

煩悩というのは、
僕たちの、あーしたい、こーしたい、とういうような
欲のことだと思われていると思います。

欲じゃなければ、それは煩悩じゃないという感じですね。

でも、ブッダの考える、究極の煩悩。
それは、自分が存在するという思い込みです。

これはなかなか理解することは難しいですよね。
僕たちが、あーしたい、こーしたい、と思うのは、
自分という存在があって、初めて成り立ちます。

つまりは、煩悩の親玉は、
自分という存在なんだという考え方ですね。

自分が存在するという思い込み。

ブッダは、自分が存在するというのは
思い込みだと言っています。

「無我」と言っています。

自分がいないって想像できますか?

ほとんどの人は、自分は存在すると思っていると思います。
なによりも、体がありますし、心で考え事をすることもできます。
自分が考えているという感覚がそこにはあります。

でも、それは思い込みだってブッダは言うんです。
そして、瞑想すれば、そのことに気がつくことができると言います。

ブッダの教えって、心が楽になる教えだと思う人もいるかもしれませんが、
実は、ものすごくハードな教えだと思います。
だって、「楽になりたいと思っているあなたは、存在しない」
と言われるようなものですから。

瞑想をすると、実際のところ、
自分はいないということに気づけるようになってきます。

自分はいないというか、
自分は思考という存在でしかないという感じでしょうか。

思考って頭の中にでてくるけれど、
気がついたら消えていますよね。
実体がありません。

自分という存在も、
そのようなものだということですね。

ブッダは、そのことを「空」と言います。

生まれ変わろうにも、自分がいない。

自分が存在しないということは、
生まれ変わろうにも、その種がないんです。

涅槃というのは、鉢の中の黒い土だと言いましたが、
その黒い土の中には種がありません。
自分は存在するという種です。

なので、生まれ変わりようがないんですね。
それが涅槃です。

もし、自分は存在するという考え、
思考を残したまま死んだ場合、
その思考が種として残ります。

そして、なにかのタイミングで、芽をだして、
この世に生まれ変わってくるということなんですね。

まとめ

というわけで、
涅槃とは何かということについてお話しました。

もう、生まれ変わってこない状態。
つまりは、輪廻転生から抜け出た状態、
解脱とも同意語でもあると思います。

なぜ、生まれ変わってこないかというと、
生まれ変わるような自分が、存在しないからです。

なかなか難しいですよね。

あなたは、自分が存在しないって思うことはできますか?

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