明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。

こんにちは、オミクです。

マハトマ・ガンジーの有名な言葉に
「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。」
というものがあります。

この言葉について、
ちょっと思うことがあったのでお話します。

なぜ、明日なのか?

「明日死ぬと思って生きなさい。」なのですが、
なんで明日なんでしょうか?

1時間後とかじゃだめなんでしょうか?
2時間後とか。

可能性としてはありますよね。
なんらかの事故にあって死んでしまう可能性です。

でも、ガンジーは明日という言葉を使います。
1時間後ではなにもできないからですね。

反対に1年後とかだと、
本当に必要なことに集中できなくなる可能性があります。
ムダなことをしてしまう可能性があります。

それが、明日死ぬとなると、
本当に必要なことに集中せざるを得なくなります。

だからこそ、ガンジーは明日という言葉を使っているんだと思います。

今に不満があるということ。

そして、明日という言葉の裏にあるもの、
それは、今に不満があるということです。

ガンジーはイギリスによるインドの支配に不満を感じていました。

先日、映画「ガンジー」を観たのですが、
ガンジーがイギリスによる支配に不満を持った理由がよくわかります。

ガンジーは弁護士として、
当時、インドと同じくイギリス領だった南アフリカで仕事をしていました。

でも、南アフリカでは白人優位の人種差別が激しかったんです。

列車でも、ガンジーが1等席に座っていると、
インド人は3等席に行けと言われてしまいます。

それを頑なに拒否していたら、列車から強制的に追い出されてしまったんですね。
荷物ごと放り出されたというか。

そこらへんがキッカケとなって、
ガンジーはインド独立の活動を開始していくわけです。

そのために、今を変えるための時間が欲しいんですね。

だからこそ、明日という言葉を使っているんだと思います。

インド独立にガンジーは満足したか?

1947年8月15日。
インドはついにイギリスから独立します。

ガンジーの悲願が達成されたわけです。
それによってガンジーは満足したでしょうか?

残念ながら満足しなかったのではないでしょうか。

インドがイギリスから独立したのはいいのですが、
今度はインド国内で、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立が激化してしまったんですね。
その衝突によって100万人近い人達が死亡したそうです。

そして、翌年の1948年1月30日。
ヒンドゥー教徒の手によってガンジーは暗殺されてしまいます。

今に満足できないなら、永遠に満足することはない。

仮に、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立が解決し、
ガンジーが暗殺されることがなかったとしても、
おそらくガンジーは満足しなかったと思います。

また、新たな問題が発生するだろうからです。
世界は常に変化するものです。

未来のどこかで、
全人類からすべての問題がなくなるなんていうことは起こり得るんでしょうか?
起こり得ないのではないかと思います。

だって、地球そのものも、
遠い未来にはなくなってしまうからです。

もしかしたら、宇宙だって消滅してしまうかもしれません。
実のところ、僕たちにできるのは今この瞬間に満足することだけなんです。

世界には常に問題はあります。
でも、問題を問題ではなくすることはできるんです。

僕たちを行動に駆り立てるものはなにか?

世界に問題があると思っている「心」が、
僕たちを行動に駆り立てます。

その心がなければ、
僕たちは行動することができません。

極端な話でいえば、夜寝ているとき、
僕たちは行動することができませんよね。

心が活動していませんから。

ガンジーだって夜寝ているときにはなにもしていなかったはずです。

ということは、起きているときでも、
心が活動していなければ、
問題は問題ではなくなるのではないでしょうか。

だって、世界に問題があると思っている心そのものが活動していないんですから。

でも、起きているときに心を活動させないだなんて可能なんでしょうか?
実のところ可能です。

その手段のひとつが瞑想だったりします。

瞑想によって頭の中になにも考えが浮かばなくなってくると、
その背後にある、ただ、気づいている意識が表面に現れてきます。
空白の状態です。

その状態は僕たちに満たされた感覚をもたらします。

世界がどうなっているのかとは無関係にです。
だって、世界を認識する心が消えているんですから。

ちなみに、ガンジーも瞑想実践者でした。

なので、ガンジー自身、世界の状態と、
満たされた感覚には関係がないことに気づいていたかもしれません。

でも、立場上、インド独立のためのリーダーとしての発言と行動が、
求められたのではないかと思います。

「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。」という言葉は、
そんな中から生まれたのかなとも僕は思います。

今に満足して生きなさい。学ぼうとせずに学びなさい。

ガンジーの言葉に手をいれるのはちょっと恐れ多いのですが、
僕だったらこう言うかもしれません。

「今に満足して生きなさい。学ぼうとせずに学びなさい。」と。

というのも、今に満足できなければ、
目標達成しても満足することはできないからです。

満足できたとしても、それは一瞬のことになります。
翌日には、また新たな不満が生まれていることでしょう。

そして、学ぼうとせずに学ぶということ。

これはどういうことかというと、
学ぼうとする心そのものが、満たされた感覚を邪魔することが多いからです。

学ぶことによって、色々と実現できることが増えるかもしれません。
そうすると、なにかを実現することによって、
自分は満たされるんだと思いがちになります。

本当のところは、学ぼうとする心が不在のときに満たされるのにも関わらず。

まとめ

というわけで、
ガンジーの言葉「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。」についてお話しました。

この言葉は、なにかを実現したい人にとっては、
背中を強く押してくれるような言葉なのではないでしょうか。

余計なことはせずに、
目標に向かって一直線という感じですもんね。

でも、目標を達成したとしても、
満足することはないということが見落とされているような気がします。

一瞬満足しただけで、また新たな不満がでてくることでしょう。

だからこそ、
「今に満足して生きなさい。学ぼうとせずに学びなさい。」
という言葉があってもいいのではないかと思います。

特に、なにかに向かって進んでいくことに疲れてしまった人に。

やりたいことが見つからなくてもいいのでは?
僕たちは何から自由になりたいのか?人?お金?時間?仕事?自分?
達成感の中に解放感も含まれている理由。