真理についての本を読んでいると、「すべては意識である」という言葉をよく見かけます。 本の帯に使われていたり、キャッチコピーに使われていたり、まるでそれが答えであるかのように扱われているのではないかと思います。 でも、ラマ […]
投稿者: 山家直生
今回はOSHOの名言を、独断と偏見でピックアップしてみたいと思います。 「退屈から逃れる道はない」という言葉です。 OSHOのJOYという本の中にでてきます。 OSHOに詳しい人であれば、「他にも名言があるでしょ」と思う […]
今回は、SDさんから頂いた質問メールを公開したいと思います。 SDさん、ありがとうございます。 ※今回は7500文字ほどの長文です。 SDさんからの質問 初めてメールさせていただきます。 「悟り」について、かなり視点を下 […]
瞑想にはラベリングという技術があると思います。 瞑想中に頭の中に現れた思考に対して、「これは思考だ(ペタッ)」とラベルを貼り付けてしまうことで、自分自身と思考を分離させてしまおうとする技術ですね。 そうすることで思考を抑 […]
今回は、脳と意識について少しお話したいと思います。 僕はあまり脳という言葉を使いません。 でも、だからといって、脳を重要視していないわけでもありません。 どちらかというと、僕は真理について語る人の中では、科学を重要視して […]
今回は、SSさんから頂いた質問メールを公開したいと思います。 SSさん、ありがとうございます。 SSさんからの質問 初めてメールさせていただきます。 空白JPの“「私の中に世界がある」ってどういうこと?”を読ませていただ […]
一瞥体験とは、悟りを一瞥することだと言われます。 なので、悟り(真我実現)とは、一瞥体験がずっと続くようになることだと思う人も少なくないかもしれません。 でも、本当にそうなんでしょうか? 実際のところ、僕は一瞥体験を経る […]
僕はこのブログの中で「魂は存在しない」と良く言っています。 でも、人によっては、「なぜ、そんなことが言えるのか? そう言い切ることはできるのか?」と思うかもしれません。 もちろん、それを証明することはできません。 証明で […]
今回は、HSさんから頂いた質問メールを公開したいと思います。 HSさん、ありがとうございます。 HSさんからの質問 自我が海の泡で、海が実在(神・創造主?)であるとしたら、泡が弾けて泡の一滴が海に吸収されるとき、個が神と […]
「あるヨギの自叙伝」で有名なパラマハンサ・ヨガナンダは、ラマナアシュラムを訪れています。 確か、「あるヨギの自叙伝」の中でも、ほんの少し触れられていたんじゃないかと思います。 その時の対話が、「ラマナ・マハルシとの対話( […]