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本当に、苦しみに飽きることはできるのか?【Q&A】

今回は、Kさんから頂いた質問メールのやりとりを公開します。

前回の「「苦しみ」と「退屈」を避けないこと」に関連した質問になっています。

テーマとしては、こんな感じです。

  • 苦しみの原因が明確なのであれば、それを取り除かない限り、苦しみは消えないのでは?
  • それとも、原因が取り除かれなくとも、苦しみに飽きることができるのか?

一体、どうなんでしょうか?

Kさんからの質問

なおさん

こんにちは。
実は最近、投資がうまくいっておらず、
経済的な不安で胸がつぶされそうな気持ちになることがあります。

つまり理由のはっきりしている不安感もあるのですが
こうした理由のはっきりしている不安感に対しては、
どうすればよいのでしょうか。

間違えた対処をしてしまったらどうしよう、とか
これから自分はどんな状態に陥ってしまうのか、という不安がいっぱいです。

こんな理由のはっきりしている不安の場合
その原因が取り除かれなくても、
飽きることができるのでしょうか。
それともその原因を取り除くことをがんばるのがいいのでしょうか。

回答

Kさん

こんにちは。

僕も、似たような経験をしているので、気持ちは分かります。

どうすればいいのか、分からないという感じだと思います。

でも、その不安感に、飽きてしまうほうが先決だと思います。

というのも、不安感に苛まれながら、問題を解決しようとしても、いい結果にはなりにくいからです。

そして、もっと言うなら、おそらく、不安感の原因は、ハッキリとは認識できていないはずです。

例えば、僕の場合、昔は、なんでも自分のチカラで解決したいと思う傾向が強かったんです。

自分自身からでてきた発想にこだわるというか。

公式を使えば、簡単に解けるのに、独自のやり方にこだわるというか。

他の人と同じじゃヤダという傾向が強かったんですね。

そして、そのことに、多少の自覚がありました。

でも、それが問題だとは思っていなかったんです。

単純に、「努力が足りないんじゃないか?」とか、「もっと良いやり方を、発想できるんじゃないか?」とか、思っていたんです。

で、当然、苦しんだわけです。

上手くいきませんから。

で、何が起こったのかというと、苦しむことに、飽きるという現象が起こりました。

そして、自分のやり方にこだわることを、一瞬で、捨ててしまいました。

上手くやっている人から、素直に教わろうと思ったんですね。

「なんで、苦しんでまで、自分のやり方にこだわらなきゃいけないんだ?」ということに、気づいてしまったんですね。

自分のやり方にこだわるというのは、一種の、自己顕示欲なのですが、それが、どうでもよくなってしまったんですね。

これって、苦しんでいる時には、なかなか気づけないものなんです。

自我というのは、自分の理想は握りしめておきながら、そこは、手のつけられない聖域にしておきながら、他の何かを問題だと勘違いしたりするんです。

Kさんの場合も、そういった勘違いがあるかもしれません。

僕は、投資について詳しくありませんが、投資である必要はあるんでしょうか?

もし、そうだとして、その裏には、もっと色んな理由があったりするかもしれません。

何かこだわっていることがあって、それが、苦しみを生み出しているのかもしれないんです。

苦しみに飽きるということは、そのこだわりが、どうでもよくなるということです。

それから、問題を解決しようとしてみても、いいかもしれません。

問題の原因だと思っていたことが、実は、原因じゃなくなっている可能性もあります。

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