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瞑想

「マインドフルネス」と「マインドレスネス」

数年ほど前に、「マインドフルネス」という言葉が流行りました。

どちらかというと、精神世界ではなくて、ビジネスの世界で流行ったような印象ですね。

「マインドフルネスを実践すると、仕事が上手くいく」みたいな感じで。

グーグル社内でマインドフルネスが流行っているというニュースも流れていました。

マインドフルという言葉は、マインドレスという言葉と対比して使われます。

なんとなく、ぼ~っと過ごしたり、自覚なく、妄想にふけったりすることを、マインドレスと呼ぶそうです。

そうではなく、常に自覚をもって行動しましょうというのが、「マインドフルネス」の考え方です。

今回は、そんな「マインドフルネス」について、少しお話しようと思います。

マインドレスであることは、いけないことか?

まず、最初に思うことは、「マインドレスであることは、いけないことなのか?」ということです。

マインドフルネスを推奨する人たちは、日常生活の中の、マインドレスな時間を、すべて、マインドフルにしていくことを推奨しているように思えます。

言ってみれば、「常に気づいていること!」ということですね。

もちろん、それは素晴らしいことで、仕事の成果も上がりやすくなるのだと思います。

うっかりミスも少なくなるのではないかと思います。

でも、だからといって、マインドフルネスでいれば、必ず、すべてが上手くいくとは限らないはずです。

どこかの本で読んだことがありますが、物事が上手くいくかどうかは、本人の資質というよりも、運と、周りの環境に大きく左右されるというものがあります。

例えば、政治家の息子は、やっぱり、政治家になりやすいのだと思います。

サラリーマンの息子が、政治家を目指すよりも、なりやすいでしょう。

また、カリフォルニアのシリコンバレーで生まれ育った子どもが、将来、天才プログラマーになる確率は、日本の公務員の子どもが、将来、天才プログラマーになる確率よりも、ずっと高いんじゃないでしょうか?

身の周りに、グーグルやアップルなどの本社がありますし、そもそも、親が、天才プログラマーだったりするかもしれません。

もしくは、そういった人が、身近にいるかもしれません。

そういった、環境の違いというのは、普段からマインドフルネスを実践して、努力しているかどうかよりも、影響力が大きいんじゃないでしょうか?

言ってみれば、願望実現のために、マインドフルネスを利用しようと考えることには、限界があります。

競争の世界では、勝者と、敗者がいます。

敗者になるのであれば、絶望感に、打ちひしがれるかもしれません。

でも、そもそも、マインドフルネスというのは、瞑想の一種です。

瞑想というのは、競争とは関係がありません。

むしろ、競争からの離脱です。

それを、競争に勝つために、利用しようと考えることは、ちょっとした皮肉とも言えるかもしれません。

(でも、それを否定するわけじゃありません)

本来、瞑想は、競争のためにではなく、平安とは何かを知るためにあります。

そして、そのためには、マインドフルであることだけでなく、マインドレスであることも必要なんです。

マインドフルネスと、瞑想の違い。

マインドフルネスは、瞑想の一種と言いましたが、瞑想と一口に言っても、色々な種類があります。

でも、大きく分けるなら、2つのタイプに分かれます。

なにか、1つのものに意識を集中させるタイプ(サマタ瞑想)と、少しずつ、意識を集中させる対象をズラしていくタイプ(ヴィパッサナー瞑想)です。

マインドフルネスは、ヴィパッサナー瞑想のタイプに属します。

一般的に言えば、ヴィパッサナー瞑想というのは、体を瞑想対象にします。

体の頭から、足先まで、少しずつ対象をズラしながら意識していくんですね。

でも、マインドフルネスの場合は、世界が瞑想対象となります。

例えば、Macbookの前でタイピングしている自分を意識します。

Macbookの左に置かれている、iPhoneを意識します。

Macbookの右に置かれている、コーヒーが入ったマグカップを意識します。

それらを描写しようとしている自分自身を意識します。

そして、この後、話の展開はどうしていこうかなと考えている、自分自身を意識します。

こういったことが、「マインドフルネス」であると言われます。

目指すべきは、マインドレスでもマインドフルな状態。

でも、こういったことでは、集中力が高められたり、意志の力が強くなることはあっても、本当の意味での平安は得られないでしょう。

まさしく、その状態は、「マインドフルであろう!」とする、その人に依存しているからです。

その人は、いつ休めるようになるんでしょうか?

一生、マインドフルであろうと思い続けるんでしょうか?

それって結構、疲れないでしょうか?

マインドフルネスであることが推奨されるのは、マインドレスな状態だと、ぼ~っとしてしまったり、無自覚に妄想にふけってしまうからです。

確かに、仕上げなければいけない仕事があるのに、ぼ~っとしてしまったり、妄想にふけってしまったら困ります。

でも、「マインドフルであろう!」とする人が不在であっても、ぼ~っとしないし、妄想にふけることも無くなったらどうでしょうか?

実は、瞑想のゴールというのは、そこです。

瞑想しようとすることなく、瞑想状態であること。

それが、瞑想のゴールです。

もちろん、その状態になるには、それなりの瞑想期間が必要ですが。

そして、それは、マインドフルネスにも言えます。

マインドフルであろうとすることなく、マインドフルであること。

それが、マインドフルネスのゴールです。

そして、それは、マインドレスです。

もちろん、願望実現するために、マインドフルネスを利用したっていいんです。

競争の世界に身を投じたっていいんです。

勝つ人もいれば、負ける人もいます。

というよりも、全世界の人が、否応なく、競争の世界に身を投じられています。

でも、競争に勝つことに、幸福を求めるなら、不幸になるでしょう。

勝ち続ける人はいませんし、すべての人は、いつかは死んでしまいます。

その突破口が、「マインドレスネス」には、あります。

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