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心理

虚無感に苛まれる原因はどこにあるのか?【思考と感情の分離】

僕は20代の頃はずいぶんと長い間、虚無感に苛まれていました。

ほぼ、20代の間はずっとです。

楽しいという感覚を失っていました。

感情が正常に機能していないような感覚がありました。

胸の感情を感じる場所に、ポッカリと穴が空いているのではないかという感覚が続きました。

その穴を埋めたい、以前のように、楽しいという感情を取り戻したいと思っていました。

でも、どうすればいいのか、皆目検討がつきませんでした。

以前は楽しめていたことを再現してみようとしましたが、虚しさは増すばかりです。

結局のところ、僕は、この虚無感の原因を突き止めることはできませんでした。

この虚無感は、10年ぐらいかけて、少しずつフェードアウトしていったような感じです。

でも、今は、この虚無感の原因を理解することができます。

思考と感情が分離してしまっていたんです。

お話します。

虚無感という存在感の不思議

虚無感って不思議です。

虚無という言葉を使うぐらいなので、なにも無いかのようにも思えるのですが、実際のところは、虚無感というのは、ものすごい存在感があります。

喜怒哀楽の感情にも負けないどころか、あらゆる感情に勝るほどの存在感があります。

「じゃあ、虚無感というのは感情の一種なのか?」と言われると、感情とはちょっと違うようにも思えます。

というのも、虚無感には原因が無いかのように思えるからです。

喜怒哀楽の感情の場合、その原因というのはわりと明白です。

好きなことをやっていれば楽しいですし、悲しい出来事が起これば、悲しむことになります。

でも、虚無感と、目の前の状況というのは、あまり関係無いようにも思えます。

ハワイのワイキキのビーチにいようが、虚無感を感じる人もいるでしょう。

楽しく解放的になるロケーションのはずが、虚無感を感じることになるんです。

このことは、虚無感をさらに強くする可能性があります。

「楽しくなるはずの場所にいるのに、なぜ、私は虚無感を感じているんだ?」という認識が、虚無感をさらに強くしてしまうかもしれません。

虚無感とは、思考と感情が分離してしまっている感覚のこと

虚無感というのは、思考と感情が分離してしまっている感覚のことです。

それも、ただ、分離しているのではなく、かなりこじれてしまっている状態です。

ただ、分離しているだけなら、分離感という言葉で十分だと思います。

でも、それがこじれてしまうと、分離感という言葉では少し弱く、虚無感という言葉がしっくりくるようになります。

感情が離れていって、消えてしまっているような感じでしょうか。

僕は、今だからこういったことを客観的に理解することができますが、虚無感の真っ只中にいる場合、その原因を認識することは結構難しいです。

思考と感情が分離してしまう原因は、思考を使って、感情をコントロールしようとするからです。

この世の中は、そうすることが当然であるかのような教育がされているようにも思えます。

「勉強して頭が良くなれば、多くの人に褒められて、良い気分になることができる」というような価値観を、当然のこととして教えているようなところがあります。

思考がそのことを信じると、良い気分になるために、必死に勉強をするようになったりします。

でも、実のところは、感情にとっては、そんなことは知ったことではないかもしれないんです。

感情はもしかしたら、「なんでそういう風に決めつけるんだよ。俺は、公園でボケッとしているだけで良い気分になれるぜ?」と思っているかもしれません。

思考と感情の分離の始まりです。

この程度の分離ならまだ良いかもしれません。

でも、大人になると、人は様々な価値観でがんじがらめになります。

感情を無視してでも、思考を優先するようになる人も少なくないでしょう。

そうして、思考と感情は、こじれ始めることになります。

感情をコントロールしようとするのではなく、感情に従うこと

虚無感を感じるようになる人は、基本的には、頑固で意志が強い人に多いような気もします。

感情をコントロールしようと思うのは、意志の強さの現れでもあるし、頑固であれば、それをトコトンやろうとするでしょう。

つまりは、20代の僕はそうとう頑固だったということでもあります。

まあ、今もそうとうに頑固なのですが、思考と感情を分離させてまで、頑固でいようとする気はまったくありません。

もし、虚無感をなんとかしたいと思うのならば、今まで蓄積してきたあらゆる価値観を脇に置いておいて、感情に従うようにすると良いと思います。

もちろん、虚無感を感じているということは、感情がマヒしてしまったような状態でもあり、感情に従うということが難しく感じるかもしれません。

でも、少なくとも、新たな価値観を仕入れて、感情をコントロールしようとすることは止めたほうがいいかもしれません。

僕は無自覚にそれを続けて、虚無感を10年も継続させてしまいました。

世の中には、良かれと思って「こうすれば楽しい気分になれるよ」と言って、アドバイスしようとする人もいると思います。

例えば、ハワイのワイキキのビーチに行けば、楽しい気分になれると言う人もいるかもしれません。

「新しい趣味を持てば楽しくなれるよ」と言う人もいるかもしれません。

でも、きっと、さらに虚無感が強くなるだけでしょう。

それは、自分の感情を無視して、他人の価値観で自分自身を縛ることと同じです。

他人がどう感じるのかを知識として知ることが重要なわけではなくて、あくまでも、あなたの感情がどう感じるのかをしっかりと確認することが重要なんです。

今ここに虚無感があるのであれば、その虚無感を避けずに、しっかりと確認してあげることも重要なことなんです。

(関連記事:「苦しみ」と「退屈」を避けないこと

作成者: 山家直生

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